主役3人の安定感が多要素を支える
null「デミ・ムーアがろくろ回して、パトリック・スウェイジがバックハグすんのよ~」と力説しても、そろそろ通用しなくなってきた。往年の名作『ゴースト ニューヨークの幻』が古典の域に突入した令和に、設定が近いドラマ『100万回 言えばよかった』(TBS)が登場。近いが、似て非なるもの。とても「日本的な」要素が物語の根幹にあるからだ。
ヒロイン・悠依を演じるのは井上真央。昼ドラ『キッズ・ウォー』(TBS)の子役時代はもとより、『花より男子』(TBS)や朝ドラ&大河のヒロインと華々しい活躍だったが、2017年の『明日の約束』(フジ)で演じた、毒母に苦しむ伏し目がちなヒロインも印象的だった。今作では、里親施設で育った過去と、恋人が殺害される悲劇を背負う役。絶望と希望を何度も味わう複雑な心情を体現できる、真央ならではのハマリ役である。
殺されたが成仏できず、現世を徘徊する恋人・直木を演じるのが佐藤健。昨年Netflix『First Love 初恋』で、一途に初恋を貫く航空自衛官・晴道役を演じたことで、「健が恋愛ドラマ市場に帰ってきた!」と沸き立った感もある。今作の直木役は晴道役とは正反対。感情表現や意思の伝達が不得手なタイプのシャイな男性だ。犯罪に巻き込まれて殺されたが、その戸惑いや後悔、自責の念、嫉妬などを適度な温度で表現している。
障壁はひとつ。直木の姿は悠依に見えないし、声も聞こえない(口笛だけ聞こえる)。静電気で存在は示せるがもどかしい。そのもどかしさを解消してくれるのが、霊媒家系の刑事・魚住だ。『ゴースト』でいうところのウーピー・ゴールドバーグね。うっかり直木の通訳係となってしまうが、正義感は強く、心根の優しい男性でもある。演じるのは、大河『どうする家康』でも家康の右腕となる本多正信役で暗躍中の松山ケンイチだ。
主役級の3人がタッグを組んでるもんだから、安心感がすごい。ファンタジー&サスペンス&ラブストーリーと要素は山盛りだがとっちらかることもなく、実にバランスよく構成されている。
配慮という名の沈黙、言葉にしない優しさ
null基本は悲劇。愛する人の命を奪われ、悲しみと絶望と怒りに襲われる、凄絶な体験をする悠依。ところが、直木は幽霊になって戻ってきた。そばにいることで「救い」はある。魚住の職権&霊媒を利用してはいるが、愛情確認もできるし、事件をともに追うこともできる。なんというか、悠依はある意味、幸せなほうだ。
もちろん、もどかしさや切なさはある。直木に成仏してほしいと思う気持ちと、話せない・触れ合えないけれど、通じ合える関係を一生続けたい気持ちもある。しかし、魚住は直木と近づきすぎたせいで、霊障(体調不良で、いずれは命を落とす)も起きてしまう。
ドラマのセオリーとしては、直木が成仏するんだろうなと思うけれど、成仏しないという手はアリか? いっそのこと、悠依・直木・魚住の3人で仲良く生きていけないもんか。霊障を抑えるために、直木が苦手なモノ(アレルギーなので猫毛)で作ったお守りを身につけるシーンもあったので、悠依・直木・魚住そして猫で暮らすのはどうかな、と無粋な妄想までしちゃって。
結末はさておき、このドラマの重要なところは「日本的」な部分。恋人でも夫婦でも家族でも友人でも、どんな人間関係でも「配慮という名の沈黙」というのがある。悠依も直木も、親と疎遠の苦い経験があり、相手を慮りすぎて心の内を言語化しない傾向がある。第9話でも、成仏寸前の直木は魚住の体を借りたが、悠依に言葉を伝えず。ドラマのタイトルは「思いを伝えない後悔」を匂わせるが、登場人物の根底には「言葉にしない優しさ」がある。沈黙が逆に功を奏する物語は、日本ならではだなぁと思った。
アナザーストーリーとコメディの好バランス
null切なさ倍増に貢献するのがもう一人。悠依の友人となった医師のハヨン(シム・ウンギョン)だ。夫を交通事故で亡くして、悲しみと夫への募る愛情と喪失感を抱えたまま生きていた。本筋とは離れるが、実は魚住はハヨンの夫に瓜二つ。さらには、ハヨンの夫の命を奪う事故を起こした原田(菊地凛子)も幽霊として合流。ハヨンが前を向いて生きていけるよう、皆でひと芝居うつという、残酷で切ないが微笑ましいアナザーストーリーも。
また、戦慄ホラーにならないよう、コメディ要素も適宜配合。健&松ケンのバディも面白いが、幽霊の樋口(板倉俊之)と魚住の姉・叶恵(平岩紙)も相当おかしい。この二人のシーンのおかげで和んだし、笑えた。
そうそう、サスペンス要素を忘れていた。養護施設や里親施設にいる少女たちに売春させる組織があり、その首謀者は地元の名士。慈善家が搾取するという社会の闇があり、その真実を知った直木は殺されたのだった。第9話で犯人逮捕、サスペンス劇場は閉幕。直木も悠依を助け、天に召されて無事成仏……と思いきや!
朝、悠依が起きると、直木がハンバーグ作っとる! これはいったい……!? ということで最終回へ。はたして、直木は思いのたけを言葉にして悠依に伝えるのだろうか。優しさの行方を見届けよう。
『100万回 言えばよかった』
TBS系毎週金曜夜22時00分~
脚本:安達奈緒子 演出:金子文紀、山室大輔、古林淳太郎 プロデュース:磯山晶、杉田彩佳
出演:井上真央、佐藤健、シム・ウンギョン、板倉俊之(インパルス)、少路勇介、穂志もえか、近藤千尋、桜一花、永島敬三、香里奈、神野三鈴、平岩紙、春風亭昇太、荒川良々、松山ケンイチ
イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。