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任天堂さん、ありがとう【ママはキミと一緒にオトナになる#42】

コラムニスト・ライターとして活躍する佐藤友美(さとゆみ)さんが、10歳の息子との会話を通して見えてきた新しい景色、新たな気づきなどを伝えてくれる連載エッセイの第42回。

はじめて手紙を書いたのは…

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息子氏(10歳)が、先日はじめて手紙を書いた。というか、正確に言うと「封筒に宛名を書いて封をして、切手を貼って投函をする」という作業を、はじめて行った。

封筒に書いた宛先は京都府の宇治市槇島町薗場。大人の私だって、何て読むのかわからない。「まきしまちょうえんば」というらしい。
任天堂のサービスセンターである。

よくやっていたゲームのカードが、Switchに読み込まれなくなった。そのカードを修理に出したいという。

「え? わざわざ修理センターに送るの? 時間もかかるし買った方が安くない?」 という私に、
「いや、買ったら4,000円以上する。修理は3,000円くらいなんだよね」
と、答える。ネットで修理の値段を見たらしい。

修理を依頼する場合は、郵送する前にオンラインで申し込みをしなくてはならないらしく、私にその手続きをしてほしいと言う。
症状は、「カードが読み込めない」と、打ち込む。どんなアラートが出るか? という質問があったので、彼がSwitchの画面を見ながら読み上げる。「ゲームカードが読み込めませんでした。ゲームカードを挿し直してください」。

私が修理依頼の送信ボタンを押そうとしたら、
「その前に『修理内容が3,150円を超える場合は、連絡を希望する』というところを、ポチっとしておいて」
と指示される。高すぎる場合は、修理をあきらめて、再購入するつもりのようだ。

へええ、ちゃんと調べているんだなと感心する。

住所ってどこに書けばよいの?

封筒はある? プチプチはある?と聞いてくるから、私はデスクの引き出しから封筒と小さなジップロックを渡した。

これまで一度も手紙を書いたことがない彼は、「住所ってどこに書けばよいの?」と聞いてくる。
国語の授業で習ったことはないんだろうか。いや、習ったとしても、こうやって自分のためにそれを使うまで、知識なんて身につかないものだよな、と思う。大人だって同じだ。切羽詰まってはじめて、いろんなことを覚える。

「任天堂って京都の会社なんだねえ」と言いながら、彼はiPadのディスプレイに表示されたくだんの住所、京都府宇治市槇島町薗場という部分を、ピンチで拡大して一生懸命書き写している。
最初シャープペンで書いていたから、「封筒に書くなら、ボールペンの方がいいよ。住所が消えちゃったら迷子になっちゃうでしょ?」
と言うと「えー、そんなの最初に言ってよー」と、訴えてくる。ゴシゴシと消しゴムで消し、ボールペンで書き直しをする。

楽しいから、口出しせずに好きにさせていたら、9級くらいのサイズの文字で(これは、雑誌で使っても良い一番小さな文字のサイズくらい)、住所と宛先が小さく書かれた宛名書きが仕上がってきた。消え残ったシャープペンシルの薄い文字に、ボールペンの文字が重なって読みにくい。封筒の5パーセントくらいの面積に、宛名まで全部おさまっているその小さな字が可愛い。

封筒の一番上に詰め詰めで住所が書かれているから、郵便番号を書くスペースも切手を貼るスペースもない。
結局、住所、宛名、その下に郵便番号を書いて、さらにその下に切手を貼った。なんとも不思議なレイアウトの封筒を、彼はポストに投函しにいく。

まあ、多分、届くだろう。
任天堂のみなさんはきっと、こうやって「子どものはじめてのお手紙」をいっぱい受け取っているのだろうな。それを想像すると、なんだかほっこりとした気持ちになる。素敵なお仕事だなあ。

お返事もらえてよかったね。

カード入りの封筒を投函してから、数日後
「Switchから返事きた?」
と聞いてくる息子。
「修理だから、もう少し時間かかるんじゃない?」
と答えると、
「うん、まあそうだよね」
と、鼻を鳴らす。

そんなやりとりが数回あって、私も彼もそのことを忘れかけていた頃、我が家に任天堂様からの荷物が届いた。
「お、届いたよ!」
と彼に言うと、すぐに開封をする。

なかには新しいカードが入っていた。修理明細表の通信欄には、「水分の影響による腐食がみられ、正常に読み込みできない状態でした。以下の費用にて交換させていただきました」と書かれていて、3,000円の部品代が請求されている。

明細表を熱心に見ていた彼は、
「腐食ってなに?」
と聞いてくる。
「水が入って腐っちゃったみたいだね。多分、サビができたんじゃないかな」
と伝えた。
「濡らしちゃったのかなあ」
と、彼は言う。そしてさらに明細を見ながら
「ねえ、ここに『この度はご不便をお掛けし申し訳ございませんでした』って書かれているよ。僕の不注意で濡れちゃったんだから、謝ることないのにね」
と、言う。
「たしかに、そうだね。でも、息子氏の不注意なのか、もともとカードに問題があったのかはわからないから、そういう書き方しているんじゃないかな」
と私が言うと
「そうか、なるほど」
と、納得している。

A4の紙に印刷されただけの修理明細表だけれど、彼は任天堂さんからお手紙を受け取ったような気持ちなのかもしれない。お返事もらえてよかったね。

「日本で一番大きい会社?」

戻ってきたカードをSwitchに差し込みながら
「任天堂って、日本で一番大きい会社なんでしょ?」
と言うから、
「え? そんなことないと思うけれど、大きいって何が?」
と聞いたら
「お金」 と言う。時価総額のことだろうか。
「いや、多分、一番ってことはないと思うけれど。日本で一番お金を持っている会社は、トヨタだと思うよ」
と答えた。

「でも、この間、Switchが世界で2位になったって書いてあったよ。だから、日本では一番なんじゃない?」
と彼は言う。
「何が?」
と聞くと
「売るやつ。儲かっているかどうか」
と言う。
「売るやつ?」 頭が???となった私は、検索をした。

検索をして、なるほど、お金って株価のことかと気づく。(私が検索した日は、日本2位だったけれど)任天堂は単元株価では、たしかに日本で一番(に準ずる)の株価をキープしている。

そして、Switchに関して調べたら、ゲーム機としての販売台数が世界2位で、もうすぐ1位になりそうだとの昨年の報道を見つけた。ちなみに、当時の1位は同じ任天堂のWiiだったらしいが、つい先日、Swicthがその記録を塗り替えた。WiiもSwitchも、世界で累計1億台以上売れているゲーム機なのだそうだ。

私は時価総額と株価の違い、売るやつ(売り上げ台数)と儲かるやつ(利益幅)の違い、会社が「大きい」とは何で測るかなどについて彼に説明しようと思って、あれ、ちょっと待てよ、私もちゃんとよくわかっていないなと思って、いま頭を整理している。私もこういうの、全然勉強してこなかったな。

封筒にちまっと書かれた文字を思い出す。
私も彼も同じだなと思って、ちょっとおかしくて笑っちゃった。

人は自分が知ろうとしたことしか身につけられないものなんだな、と思う。習ったはずなのに、聞いたはずなのに、耳をすり抜けていく情報はあまりに多い。
彼にカードの修理方法を調べさせ、はじめて手紙を書くことを覚えさせ、明細を読むことを知らしめ、その企業について調べる好奇心を持たせてくれた。そして私に株価と時価総額、販売個数と利幅について考えさせてくれた。 任天堂さん、ありがたや。

 

画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉

◼︎連載・第43回5月1日(日)に公開予定です


佐藤友美(さとゆみ)

ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学5年生の息子と暮らすシングルマザー。

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