家にたどり着くまでに階段が100段あるという古民家に一目惚れしたのが始まりで、横須賀がどんな町とも知らずに一人で移り住んできて、あっという間に6年の月日が経ちました。
気づけば家族も増えて、生活もガラリと一変しました。娘は先月で4歳になりました。独り身のときには毎月どこかへ旅に出るのが当たり前の生活で、家を空けることも多かったのですが、子どもが生まれてからはようやく地に足がついたというのか、近所で畑をやったり、近くの海で遊んだり。なかなか自由に動けないこのご時世もあって、改めて自分の暮らす家やこの土地にちゃんと向き合う時間ができてきたような気がします。
近くの山と海を行き来する毎日
null親子で参加している自主保育の活動は、近くの山と山のふもとの畑を拠点にしています。いつも同じ場所なのに、「こんなところに栗の木があったんだ」「わっイチジクがなってる!」と子どもたちと一緒に畑を歩くたびに新しい発見があって、毎回新鮮な気持ちになります。
これまではついつい秋になったら京都に紅葉を見に行きたいな、とか桜は東北がきれいだろうな、と外に興味が向きがちでしたが、歩いていける場所にも見事な花を咲かせる桜の大木があって、秋の木々は美しく彩られ、それを子どもたちはキラキラした目で見つめています。
きれいな落ち葉や木の実など外に出かけるたびに拾ってくるので玄関先は自然の落し物でいっぱい。すぐ足元にもたくさん喜びは転がっているのだな、と親子での活動が気づかせてくれるのでした。
そこで思い出すのが、20代終わりにスペインを旅し、オリーブ畑にファームステイしたときのこと。ホストファミリーのおじさんは生まれてから数えるほどしか自分の町を出たことがないのだ、と言っていました。それはなぜかと聞いてみると、「全てがここにあるからさ」という答えが返ってきました。
美味しい食べ物は自分の畑で採れ、いろんな国の人が家に来て話をしていってくれる。だから自分がわざわざ外に出る必要がないのだそうです。環境に優しくないから飛行機にも乗らないし、できる限り車にも乗りたくない。
その時はまだ私も若かったので彼の生き方をすごいな、と思いつつも到底真似できないと思っていましたが、今になって、彼が言っていたことが少しわかるような気がしました。同じ場所で過ごすことで知ることもたくさん。今、刻々と変わるこの土地の季節の移ろいをひしひしと肌で感じています。
とはいえ、元気盛りの娘はいつもの山だけでは飽き足らず、山に行った帰りには、「海にいきたいー」と言い出すのが常で、「はあ、またきたか」と内心思いながらも、今日はどこの海に行こうか、と考えている自分がいます。どんどん主張が強くなる娘に抗えない私…。そんなわけでこの土地に暮らす者の宿命なのか、山から海コースで毎日が夏休み状態です。
おかげで赤ん坊の頃は波打ち際に水がくるだけで泣いて怯えていた娘も、すっかり海好きになって、夏は頭からつま先まで真っ黒に日焼けしています。それは冬の寒い日でも変わらず、裸足で海に入ろうとするので見ているこちらがゾクゾク……。
水平線に沈む夕日をみて、ようやく気がすむのか、「帰ろうっか」と帰路につきます。家に帰ってくる頃にはへとへとですが、毎日一緒に遊びまくっているので体力がついたか。いや、その分、最近は私も一緒になって20時には就寝しています。
見たい展示や映画館が選りどりみどりあって、娯楽には事欠かない東京暮らしも楽しかったけど、今の私たちには山と海を行き来するシンプルな暮らしが合っているようです。
相変わらず野ざらしな暮らしぶり
null築60年近くになる家は少しずつ手直ししながら暮らしているものの、台風で庇(ひさし)が飛ばされたり、雨戸が倒れたり、水道管が詰まったり、常にハプニングはつきもので、コツコツ直し、また壊れてを繰り返し、相変わらず“野ざらし荘”というのがふさわしい様相です。
先日の豪雨では建て付けの悪い窓から雨が吹き込み、畳がびしょ濡れになりました。裏戸近くの隠し菓子コーナーも袋から水が滴っていました。
最近の娘の口癖は、「お風呂とお布団の部屋が繋がっている家がいいな」。野ざらし荘のお風呂と台所は母屋、寝床は離れに分かれているので、銭湯のようにいちいち風呂上がりに外に出なければならず、“普通”の家に暮らすのに憧れているようです。
また階段がある暮らしは家族が増えれば増えるほど、食料など上にあげるものも増えて一苦労です。飲み水は近くの湧き水をタンクで汲みにいっているので、夫にとっては試練でしかありません。「荷物運び要員として僕は結婚したのかな」なんて愚痴をたまに漏らしています。さらにこの季節は灯油もプラスされ、ヒーヒーいいながら、運んでいます。
一方で、子どもにとって階段がある暮らしはどうなのだろうと心配していましたが、娘には階段を登るのはなんの苦でもないようで、忍者ごっこと称して壁沿いを這いながら登ったり、滑って降りてみたり、階段さえもアトラクションになってしまうようです。ただ帰りに車で寝てしまったときなどは親が大変。娘を抱きかかえる腕に、ひしひしと成長の重みを感じながら、膝をガクガクさせながら階段を登っています。
この土地の魅力を知ってか、ここ1、2年も近所に越してくる若者や同じ年代の人たちが増えてきました。まだまだ新参者の私たちもちょっと先輩ぶって近所を案内したりしているのが嬉しくもあり、気恥ずかしくもあり。おんなじ感覚を共有できる仲間がこの土地に増えてくるのは嬉しい限りです。
次回はキムチ作りの様子をお届けします。
【著者】
清土奈々子
都内から階段100段を登った高台の一軒家「野ざらし荘」に移り住み、夫と4歳の子と暮らす。編集・ライター、ギャラリー「野ざらし荘」運営、絵描きのtoiとともにユニット「村のバザール」を組みライブイベントの企画や装飾、デザインワークなど行う。ミュージックビデオなど映像制作も。
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