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子どもの「得意」や「なりたい」のきっかけ【ママはキミと一緒にオトナになる#33】

コラムニスト・ライターとして活躍する佐藤友美(さとゆみ)さんが、10歳の息子との会話を通して見えてきた新しい景色、新たな気づきなどを伝えてくれる連載エッセイの第33回。

「僕、絵は上手いと思うんだよね」

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最近増えたオンラインのミーティングや取材は、家のリビングですることが多い。その場所が一番、ネットが安定しているからなのだけれど、3回に1回くらい「壁に掛かっている絵が、素敵ですね」と、言われる。
淡いピンクや水色が混ざったマーブル模様の絵は、実は、息子氏(10歳)が4歳のときに描いたものだ。

当時住んでいたマンションの隣に、子ども向けの絵画教室があった。教室いっぱいに置かれたいろんな画材で絵を描いたり、粘土で工作を作ったりする。とくに課題を与えられるのでもなく、自由に創作できるのが性に合っていたのかもしれない。彼は、週に1回の教室をとても楽しみにしていた。

いま飾っている絵は、模造紙1枚分ほどの大きさがある。引っ越しするときに、「これだけは持っていきたい」というので、額装してリビングに飾ったのだ。

オンラインミーティングで「素敵な絵ですね」と言われるたびに、私は彼に「今日も、キミの絵を褒めてくれた人がいたよ」と伝えてきた。そのせいかどうかはわからないけれど、「僕、絵は上手いと思うんだよね」と、自分で言うようになった。
得意そうに言う感じではない。「僕、勉強ができないと思うんだよね」と言うのと同じようなテンションで話す。

先日は、「絵を上手に描くには、コツがあるんだ」と話してくれた。
「どうすればいいの?」と聞くと、「とにかく、しっかり見るんだ」と言う。「描くのに一番大事なのは観察することだって、パパが言ってた」。

私は絵心がゼロだが、彼の父親は建築家で、そちら方面の才能がある。小さいころからパパの事務所に出入りしていたので、たくさんの模型を見て触って育った。
「僕、建築家を目指そうかなあ」
と言う。
「おお、いいんじゃないの。素敵な職業だと思うよ」
と答える。

子どもの「得意」や「なりたい」は、こんなささいなきっかけでスタートするものなのかもしれない。

「僕はいつも、書くのは速い」

つい先日のことだ。
一緒にお夕飯を食べていたら、今日、学校行事で美術館に行ったんだけど、と話し始めた。

「何か面白い作品はあった?」
と聞くと、
「魔女の展示が面白かった」
と言う。
「魔女?」
「うん、僕は魔女だと思ったけれど、女の人が何人もいる作品」

それは絵画ではなく、彫刻だったと彼は言う。
「クラスのみんなは、小学生がみんなで作った展示がすごいって言って、ずっとその周りで話をしていたけれど、僕はそれにはあまり惹かれなかったんだ。僕には、その女の人がいる作品が良いなって思えて」

「へえ。そうなんだ。どんなところが良かったの?」
「うーん。その彫刻ね、女の人が5人いるの。でも、人によっては4人に見えたり、6人に見えたりするんだよ。で、ガイドさんが言うには、日によって人数が違って見える人もいるんだって」
「それは面白いね」
「うん、だから、そのことについて書いた」
「書いた?」
「そう。帰ってきてから感想文を書く授業だったから」
「ああ、なるほど」
「5分で書けたから、そのあと、ずっと暇で本を読んでた」
「書くの速いんだ」
「うん、僕はいつも書くのは速い。前にママが言っていたでしょ。『書いているうちに、書き始める前には思いつかなかったことを思いつく』って。僕もそうなんだよね。だから、書きながら思いついたことを、どんどん足して書いてる」

そういえば、そんな話をしたような気もする。
私はつい最近、書くことについての書籍を上梓したのだけれど、その執筆中に「書くの、楽しい?」と、聞かれた。
「文章って、考えたことを書くんじゃないんだよね。書くから、考えることができるの。それが楽しい」
みたいなことを答えたように思う。
よく、覚えてるなあ。

「じゃあ、僕、ライターを目指そうかな」

その作文、読んでみたいから、戻ってきたら読ませてねと伝えたあと、ふと、前から思っていたことを口に出した。
「息子氏って、ものの見方が独特なところあるよね」
大好物のサーモンに集中していた彼は、お皿から目をあげる。

「そうなの?」
「うん、そんな気がする。ほらさっきも、みんなと違う作品が面白いと思ったって言ってたでしょ」
「ああ、うん」
「そうやって、人と違うところを見ることができるの、すごいなあっていつも思ってるんだよねー。ママの友達にもライターがいっぱいいるけれど、キミみたいに、人と違う部分を見ることができる人って、ライターにすごく向いている」
「へえ、そうなんだ」
「うん、人とは違ったことを書けるから」
「なるほど。ライターって面白い?」
「ママは面白いと思うよ。この間、キミ、『ママは食いしん坊で美味しい店をいっぱい知ってるし、旅行が好きだから、いい』って言ってたよね」
「うん、言った。いろんな場所に連れて行ってくれるのがいい」
「ライターのいいところは、どんな場所でも書けることだね。世界中、旅をしながら書くこともできる。あと、頑張れば、稼げる」

我ながら、だんだん、職業勧誘みたいになっているなと思って笑える。

ふーんと言ってしばらく考えていた彼は、「そっか、じゃあ、僕、ライターを目指そうかな」と言う。
やはり、子どもの「得意」や「なりたい」は、ささいな一言がきっかけになるのかもしれない。
私は、心の中で小さくガッツポーズをしながら、なるべくテンションをかけないように気をつけて「うん、いいんじゃないの。素敵な職業だと思うよー」と答える。

自分が愛する職業が、ほんのいっときでも、子どもの興味の対象になったことが、じんわりと嬉しい。

息子に模型作りを手伝わせていた父親のことを思い出した。息子とその父親は、模型を真ん中にいろんな話をしていたようだった。父親もきっと、「建築家になりたい」と言われて嬉しかっただろうな。
私もいつか、彼に文章の校正を手伝ってもらえたりするかな。たった一文字変えるだけでも、見える世界ががらりと変わること、彼は面白いって言うかな。それとも、こんな面倒な仕事、やってらんないって言うかな。
いや、そもそも今日話したことも明日には忘れてしまうかもしれないけれど。

でも、ちょっとね、嬉しかった。

 

画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉

◼︎連載・第34回は12月12日(日)に公開予定です


佐藤友美(さとゆみ)

ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学4年生の息子と暮らすシングルマザー。

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