「4年生はもう、子どもじゃないんだね」
null「ただいまー」という声がいつもより大きい。鍵をあけると、息子氏(9歳)は、髪にワックスなんかつけてもらって、なかなか、かっちょよくなっていた。
「お〜! いいじゃん」と声をかけると、嬉しそうに玄関にある鏡をのぞきこむ。
今日、彼は、一人美容院デビューしたのだ。
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私たちが通っている美容院は、最寄りの駅から電車に乗って5駅。駅から徒歩6分のところにある。
親が施術をすると、小学3年生まではカット無料ということもあって、私たちは毎度2人で美容院に通っていた。
それが、先日どうしてもスケジュールが合わなくて、私だけ先に平日の予約を入れた。
「あー、ずるい。ぼくも髪が伸びたから、一緒に行きたかったのにー」
と、むくれる彼に
「じゃあ、日曜日、一人で行っておいでよ」
と提案した。
「うん、じゃあ予約してください」
と、その場の勢いで言ったのだろう。実際に予約しておいたからと伝えたら、急に不安になったようだ。
「ぼく、一人で行けるかなあ。場所、わかるかなあ」
と、昨日は寝る直前までぐじぐじとしていた。
「それに、ぼくが一人でいくと、お金かかるんだよね? それでもいい?」
布団の中で、最後の抵抗とばかりに尋ねてくる。
「うん、もともと4年生になったら、ママと一緒に行っても行かなくても料金払うことになっているんだよね。キミ、もうすぐ4年生でしょ?」
「そっか。4年生はもう、子どもじゃないんだね」
彼は、神妙な顔をしてうなずく。
「そう。もう、一人前ってことだね」
と言うと
「一人前って、どういう意味?」
と聞いてくる。
「そうだなあ、誰かのくっつきじゃなくて、自分一人で何かができるようになることかなあ」
「ふーん。一人前かあ……」
その言葉の響きが気に入ったのか、彼はそれ以上は不安を口にせず、眠りについた。
「これからは、ぼく、一人で行けるから」
次の日、ケータイを持たせ、位置情報を共有し、何かあったときはLINE電話するように伝えて送り出した。
美容師さんからは、帰りぎわ「いま、カットが終わって美容院を出ました」という連絡もいただいた。
ケータイの位置を追跡していると、無事、駅について電車に乗れたようだ。
ほどなく家に戻ってきた彼に、「どうだった?」と聞くと「楽勝だった!」と、言う。
鼻の穴が少しふくらんでいるのが可愛い。
「自分ひとりで行けたこと」と「カッコよくなったこと」の相乗効果なのだろう。
家に帰るなり鏡をのぞきこんで、毛先をツンツンいじっている顔は、頬がゆるんでいる。その笑顔を見ていると、こっちまで嬉しくなる。
「これからは、ぼく、一人で行けるから。ママは、自分の好きな時間に行っていいよ」
と宣言した彼がたまらなく愛おしくて、思わずくしゃくしゃなでたら
「あー、髪が変になるー」 と抗議された。
こんな小さな冒険をくり返して、少年たちは、少しずつ“一人前”への階段をのぼっていくのだろうな。
今回みたいにうまくいくときもあれば、痛い目に合うこともあるだろう。
うまくいったときは、いっぱい頭をくしゃくしゃしてやろう。
痛い目にあったときは、いっぱいぎゅーっとしてあげよう。いや、もう、させてくれないかな。
これから起こるであろう、いろんな未来を考えながら、ちょっと切ない気持ちになる。
すぐに大きくなっちゃうんだろうな。
いまのうちに、いっぱい味わいつくさないとなー。
いっそ、このまま大きくならなきゃいいのに。
いやいや、違う違う。
そういうことじゃない。
頭の中が、忙しくめぐる。
親だって、一人前になるのは、大変なのだ。
タイトル画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉
◼︎連載・第15回は3月14日(日)に公開予定です
佐藤友美(さとゆみ)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学3年生の息子と暮らすシングルマザー。