尾林先生は、椎名チカさんの最新コミック『群青のカルテ』(小学館)の医療監修を担当されています。同作の主人公は思春期の娘を持つ精神科医。職場や家庭、学校で閉塞感を抱えている人に寄り添う内容となっています。
今回は、尾林先生に仕事や育児で多忙な日々を送る『kufura』世代のメンタル不調のサインや、不調との向き合い方についての質問に答えていただきました。
Q:「メンタルの不調」ってどんな状態?不調のサインとは?
null尾林先生:“メンタル不調”は、“心の水位”が下がった状態です。
メンタル不調で相談にきてくださった方には「多くの場合、まず体が悲鳴をあげてから心が悲鳴を上げるんですよ」とお伝えしています。メンタルの不調と体の不調は別のものだと思われるかもしれませんが、疲れているときには、体からサインが出ています。
女性の場合は、頭痛、めまい、貧血症状、生理のサイクルの乱れ、膀胱炎など。人によって異なります。
心と体の症状を見たうえで「これまでの不調は体が処理していたけれど、今はストレスによって体が処理できていない状態かもしれません」とお伝えすることもあります。
体の悲鳴に目をつぶって頑張り続けてしまうと、心のほうに症状がじわじわと影を落としてきます。心の水位の低下のサインとしては、以下のような項目があげられます。
- なんだかうつうつとしている
- 大好きなことに楽しんで取り組めていない
- 「よく眠れた」と感じられていない
- いつもの食事習慣と比べて食欲が落ちた
- おっくう感があってやる気が起きない
「これまでできていたことが、以前のようにできなくなった」という状態がある程度の期間にわたって継続しているのが“心の水位”が下がった状態です。
Q:「メンタルの不調かもしれない」ときどうしたらいい?クリニックに行く目安は?
null尾林先生:心の水位が下がってしまったとき、心を許せる友人・同僚・家族などに話すことができれば、気持ちがラクになることもあります。お仕事をされている方は、上司や人事労務など会社の担当部署に相談することで、業務量や内容の調整につながったり、産業医面談を設定してもらえるケースもあります。
とはいえ、メンタル不調のときには人に会ったり、自分の心情をうまく説明できないこともあります。
もし、「自分では抱えきれない」という感覚があったら、迷わず病院を受診して欲しいと思います。
受診を考えたときに候補になるのは、おもに心療内科、精神科、メンタルクリニックの3つ。心療内科は体の不調を中心に観察しながら心の病気にたどりつくというアプローチ。精神科は心の状態を中心に診ながら、体の問題も診ていくところです。患者さんが受診しやすいように“メンタルクリニック”という看板をあげているところも増えていますが、基本的にドクターは精神科出身です。
どの看板をあげている病院を選んでも、大丈夫です。
Q:病院に行くことに抵抗感がある人もいるようですが…
null尾林先生:日本では“精神科”というキーワードが後ろ暗いイメージを伴っていることは否めません。
欧米では、自分のメンタルを良い状態に保つことは必要なことであり、そのために時間やコストをかけるという感覚が根づいています。精神科医は、メンタルケアの伴走者のような存在です。一方、日本では、医師を“診断する人”、患者は“診断される人”という縦の関係をイメージする人が多いのではないでしょうか。
中には「気軽に精神科を使ってもらっては困る」という意見を持つ医師もいるかもしれませんが、病院の敷居の高さから、アクセスすべき人がアクセスできていない状況があるのは事実。まずは、自分に合う病院を探してみてほしいと思います。
Q:共働き家庭が増加しています。「働くママ」の悩みの特徴はありますか?
null尾林先生:私は、企業の産業医も務めていますが、近年、女性社員の相談が増えていると感じています。もちろん、育児中の女性社員からの相談もあります。
お話をうかがっていると、悩みの内容は、仕事、夫婦関係、子どものこと、義理の親との関係、お金など、じつにさまざまです。感じているのは、 “公”の領域である仕事の悩みと、“私”の領域の家庭の悩みを切り離すのが難しいということ。
育児中の社員は、職場の仕事と、育児・家事などの家庭の仕事を常に気持ちを切り替えながら担っている状態です。でも、実際には、気持ちを切り替えながら「AからBへ」「Bを終えたらすぐCへ」と切り替えていくのって、どんな人でもかなりのエネルギーを要するんです。ましてや、職場と家庭の仕事は基本的に不連続。難易度の高い2つの異なる仕事を無理やりセットにして抱えているような状態です。
にもかかわらず「時間内に仕事を終えて、速やかに家事・育児をやればいい」というプレッシャーにさらされている人も多い。どちらの領域でも完ぺきに100点に近い高得点を目指して、ストレスを抱えてしまうこともあります。
Q:「心の水位が下がってきた」と感じたらできることはありますか?
null尾林先生:先ほどもお伝えしたように、状況に応じて通院が必要になりますが、まずは、メンタルが不調に傾きかけているときには、“ちゃんと休む”ことが大切です。
でも“休む”という言葉はなんだか漠然としていますし、突然“休んで”と言われても戸惑ってしまう人も多いかもしれません。ですから、「まず、時間のゆとりを“無理やり”つくってください」と伝えることがあります。
現代社会では、時短や効率が重要視され、時間も仕事も効率的にキッチリ詰めていくことがよいとされています。象徴的なのが、コロナ禍。企業の仕事がリモートワークに切り替わり、会議を次から次へと効率よく“まわす”ようになりました。
一見、業務が効率よくまわっているように見えても、会議と会議の間の雑談や時間の余白がなくなっていきました。当時、医師の立場でストレスを抱えた現場の社員の声を数多く聞き、時間的、精神的ゆとりが排除されているように感じていました。
ゆとりを持つことに対して罪悪感を覚える人もいるかもしれません。でも、心の水位が下がっているときには、必要なものです。だから、自分を休ませるために無理やりにでも、配偶者や第三者に頼ってでも、まず時間的なゆとりを作り出してほしいと思います。
それは、自分のためではなく、家族のためにも大切なことです。
Q:心の水位が下がるのを事前に防ぐために、何かできることは?
null尾林先生:さきほど「多くの場合、まず体に疲労のサインが出てから、心の症状が出てくる」とお話ししました。体の疲労を感じたときには、積極的にリフレッシュの機会を持つことが大切です。
ヨガでもピラティスでも、座禅でもなんでもいいんです。家でやってもいいし、家だとくつろげないという人もいると思います。それなら、どこか違う場所で気持ちを入れ替えに行くのもいいかもしれません。
普段やらないことをやってみる。買わないものを買ってみる。行ってみたいところに行ってみる。それらを“やること”に対して、特に“具体的な効果”を求めすぎないこともポイントかもしれません。フィットネスを実践したと仮定して「何キロやせたか」「費用対効果はどうか」ということはあまり考えずに、目標達成度や効率をあえて度外視してみるのも、やってみる上での工夫です。
そのような試みを通じて、ちゃんと自分の疲れと向き合えている、と前向きにとらえてほしいと思います。
以上、今回は『群青のカルテ』の医療監修をしている精神科医の尾林先生にママたちのメンタルの不調との向き合い方についてうかがいました。
体の疲れをごまかしながら、今日やるべき仕事や雑事と対峙せざるを得ないときもありますよね。でも、“疲れた”と感じたら、“少し先の自分”のために、いったん立ち止まって、自分なりのリフレッシュの時間を確保して欲しいと思います。
【取材協力】
尾林誉史 先生
精神科医・産業医。「VISION PARTNERメンタルクリニック四谷」院長
【作品情報】
『群青のカルテ』(小学館)第1巻発売中、第2巻は5/24発売予定!
著者/椎名チカ
「辛い」「苦しい」「もう死にたい」
うつ病・パニック障害・依存症
死んでしまいたいと願うほどの生きづらさを抱える全ての人のために、
今日も精神科医・凛子は奔走する。
そんな中、大事な一人娘が自殺を図り!?