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ドラマ「いちばんすきな花」に共感する優しくて居心地の悪い人たち、着地点は恋か友情か

藤井風の主題歌「花」がヒット中のドラマ『いちばんすきな花』(フジテレビ系)。『サイレント』(フジ)のスタッフが手がける木曜ドラマは繊細で、音楽にもこだわりがあると話題になっています。

独自視点のTV番組評とオリジナルイラストが人気のコラムニスト・吉田潮さんに、その見どころポイントをうかがいました。

配慮と想像力が豊かなために感じる「居心地の悪さ」

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円すいは底から見ると円形だが、側面から見ると三角形。見る角度によっては平面図形にとらえられるが、そもそも円すいは立体。意図せず平面図形で語られる円すいの気持ちはどうなんだろう……。そんな配慮と想像力に満ちすぎた会話がてんこもり。「なんか面倒くさいな……」と思う人には不向き、「なるほど、そんなこと考えたこともなかった……」と思う人には全身全霊でおすすめしたいのが『いちばんすきな花』(フジテレビ系)である。

劇中では「ゴミ袋の袋をゴミ袋として使うか」「答え合わせというけれど間違い探しではないか」「大富豪と呼ぶか大貧民と呼ぶか」など、些末だが意見が分かれたり、その人の人柄や背景が垣間見える問いがさざ波のように押し寄せる。『カルテット』(TBS2017年)の「唐揚げにレモンしぼるか問題」「画鋲を壁に躊躇なく刺せるか問題」を思い出した人も多いのではないか。

年齢も育った環境も仕事も異なる4人の男女が偶然つながり、他のコミュニティでは得られない友情と交流で救われていくという物語。「生きづらさを抱えている」と強く訴えるほどではないが、世間や周囲の感覚と常識に「居心地の悪さ」を感じて、モヤモヤしてきた4人組だ。

メインテーマは個の尊重。「同じ」も「違う」も受けとめる

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さて、登場人物を紹介しておこう。クアトロ主演という、番手をつけない新方式は令和の新機軸になりそう。

多部未華子が演じる潮ゆくえは塾講師。みんなと同じ感情になれず、いつも自分の感情はひとりだったという。何でも話せる仲良しで、唯一の男友達・赤田(仲野太賀)からは、結婚を機に「2人では会わない」と宣言され、友情を拒まれた喪失感をもてあましている。2人組の男女を恋愛関係に直結させる世の中に不満をもっている。

松下洸平が演じる春木椿は出版社勤務。婚約者(臼田あさ美)と住むために家を購入したものの、彼女から男友達と浮気したことを告白され、破局。恋人や婚約者がいる女性とは2人きりにならない派。本当はおしゃべりだが、嫌われないよう自分を抑えた結果、無個性で都合のいい人に。花屋の息子だが、花屋は嫌い。

今田美桜が演じる深雪夜々は美容師。自分が友達と思っても男性からは恋愛対象にされるのが苦痛。なのに、女友達には理解してもらえないどころか、うらやましがられる。母(斉藤由貴)が過保護かつ過剰な「女の子らしさの追求」を強いてきた背景が。同僚(泉澤祐希)から好意を寄せられるが却下。椿を異性として好き。

神尾楓珠が演じる佐藤紅葉は、ゆくえの幼馴染。イラストレーターだが、主な収入源はコンビニバイト。美形のため、友達からは人寄せパンダとして合コンやナンパに利用されてきた。明るくて協調性と社交性もあり、友達が多いと思われているが、実際弱音を話せる友達はいない。ゆくえを好きだが、今の関係が最善と考えている。

この4人組、似ているところもまったく意見が違うところもあるが、居心地のいい関係として仲良しになる。それぞれが「居場所を見つけた」喜びに満ちていて、とても微笑ましい。登場人物の主張から見てもわかる通り、「非恋愛ドラマ」なのだが、密かな恋心も存在している。思わぬ展開に誘ったのは、美鳥ちゃんの存在である。

共通の知人「嫌われ美鳥ちゃん」の登場で偶然は必然に

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ゆくえが通っていた塾の先生で、今も連絡を取り合うのが美鳥ちゃん。椿の同級生で、いつもケガをしていて、喧嘩の噂が絶えず、みんなから嫌われていた志木美鳥さん。夜々のいとこは優しくてふわふわした印象だが、親戚中から厄介者扱いされていたミドちゃん。紅葉が高校生のときの非常勤講師で、ずっとイライラして不機嫌だった先生の下の名前が美鳥。なんと4人が会いたいと思っている美鳥ちゃんが同一人物だったことがわかる。

これが冒頭の円すいの話につながる。ひとりの人間でも複数の顔がある。角度や見方、付き合い方によって印象は異なるものだ。4人とも美鳥ちゃんを好きだが、どうやら美鳥ちゃんは周囲から嫌われたり、厄介者扱いされていたことは共通している。家庭環境もやや複雑で、あまり幸せな境遇ではなかったこともわかる。それでも4人は先入観や偏見に囚われず、思いを寄せてきた。様々な顔をもつ美鳥ちゃんを演じるのは田中麗奈(適役!)。

あまりにも偶然がすぎるが、中盤で美鳥ちゃんをめぐるエピソードに入るのは、物語に緩急がついていい。美鳥ちゃんの悲しい過去に舞台を移しつつも、4人の運命とも言える繋がりがうっすら見えてくる粋な仕掛け。4人の出会いは偶然ではなく必然だったと感じさせる展開。第8話と第9話はまさに「答え合わせ」でもあった。

みんな大好き美鳥ちゃんが登場したものの、単純に4+1とはならないようだ。ややハレーションを起こしつつ、4人の友情形態がちょっぴり変化していく予感も。この作品、『カルテット』と並んで、男女間の友情を立証するドラマの代表になるんじゃないかな。

『いちばんすきな花』
フジテレビ系 毎週木曜夜22時00分~
脚本:生方美久 音楽:得田真裕 主題歌:藤井風 プロデュース:村瀬健 演出:高野舞 
出演:多部未華子、松下洸平、今田美桜、神尾楓珠、齋藤飛鳥、一ノ瀬颯、白鳥玉季、黒川想矢、田辺桃子、泉澤祐希、臼田あさ美、仲野太賀、田中麗奈 ほか

吉田潮
吉田潮

イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。

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