本当に愛している人にしか書けない文章
null江戸川区のシティプロモーション課からお話があり、区民のみなさんにライティング講座をさせていただいた。
カメラマンの方が写真の撮り方を1回、私が原稿の書き方を3回レクチャーする全4回のコース。20代から60代の方まで20名が参加してくださった。
聞けば、募集人数に対して2倍の応募があり、参加者は抽選で決まったらしい。
最終回には、みなさんが江戸川区の魅力を伝える文章を提出してくれることになっている。私の役割は、「人に伝わる文章」とはどんな文章かを、実際に手を動かしながら体得してもらうことだった。
で、ですね。私。この課題を読んで、静かに、そして深く感動しているのです。
というのも、ここで提出された文章が、ものすごく良かったから。講評をするために読んでいたのだけれど、何度も涙ぐんだ。
自分が大好きな公園の話。子どもとそこでどんな時間を過ごしているかを書いてくれた人がいた。
足繁く通うパン屋を紹介してくれた人。そのパンの美味しさがいかほどか、そして店員さんたちの接客がどれだけ気持ち良いかが伝わってきた。
自分が受けた区の保健指導で減量に成功し感謝していると書いた人もいれば、子育て支援の場で信頼できるママ友に出会えたという人もいた。
認知症をわずらった親の介護が辛かった時に、区が運営する社会人大学に参加して、新しい生きがいと生涯の友を得たという話もあった。コロナになってからは、その時のクラスメートと毎週オンライン飲み会をしているのだという。孤立しがちなこの時代に、大人になってからできた友人がいることの幸せは、どれほどだろう。
どの文章も、目の前にその風景が立ち上がる。ありがちなPR広告とは全然違って、手触りのある、その場を本当に愛している人にしか書けない文章ばかりだった。
全員の原稿を読み終わる頃には、私もすっかり江戸川区のファンになっていた。
「取材者の目」で。
参加者のほとんどは、書く仕事をしている人ではない。
ではなぜ、彼/彼女らの文章が、どれもこれも色鮮やかで、生き生きとして、人の心を動かすものばかりだったのか。
それは、彼らが「取材者の目」で改めて自分の身近な生活を見つめ直したからだと思う。
どんなふうに書こうか。
どこが特徴だろう。
私はこの場所の何を素敵だと思うかな?
そうやって、何かを知ろうとして過ごす時間が、「取材者の目」で過ごす時間だ。この「取材者の目」を獲得すると、今までぼんやり見ていた景色への、解像度が変わる。
そして、自分の住んでいる場所について解像度高く知ろうとすることは、自分の住んでいる場所を好きになることと、すごく近いのだと思う。
なぜなら、「知る」ということは、「愛する」こととほとんど同じだからだ。
講座を受けてくださった方たちからは、
「課題を書くために自分の好きな場所を再訪したら、今まで目につかなかった部分にも目がいくようになって、ますます好きになった」
「自分が好きなサービスについて書こうと思って、担当者に話を聞いたら、もっとファンになった」
という声を聞いた。
自分の身近な世界がもっと美しく、素敵であると気づくこと。今いる場所を、今よりもっと愛せること。
書くことを通して、そんな体験ができたのだとしたら、それは本当に本当にハッピーなことだと思う。みんな、やったね! それがきっと、書くことの醍醐味なんだと私は思う!それを経験してくれて嬉しい! また書いてね! そんな気持ちだった。
自分の生きる世界を愛すること
私が「書く仕事」をとても素敵な仕事だと思っているのは、この、「知っちゃうと、好きになってしまう」引力が、強制的に働くからだ。
それまで興味がなかったことも、取材をしているうちに興味が生まれる。調べるうちに、今で知らなかった側面に気づく。もっと知りたいし、読者の人にも知ってほしいと思う。そうしているうちに、勝手に取材対象を好きになっている。
気づけば、この20年のライター生活で、好きな物、好きな人が、どんどん増えていった。
・・・・・・・・・・
レゲエの神様と言われる、ボブ・マーリーの言葉に、こんな言葉がある。
Love the life you live, Live the life you love.
私はこの言葉を
「自分の生きる世界を愛そう。自分が愛する世界を生きよう」
というメッセージだと、受け止めている。
私は、自分の住んでいる世界や自分の人生を愛せるようになりたい。
まずは、自分の近くを知りたいし、愛したい。
私にとって「書く」ために世界を見つめることは、そのひとつの手段でもある。
そして、自分が知って愛する、その範囲を少しずつ広げていきたい。
今日、なぜこんなことを書こうと思ったかというと、ウクライナとロシアに想いを馳せていたからだ。
今日私は、学校に行く前の息子に、「戦争は、どっちが勝っているの?」と聞かれて、ハッとした。
この話は、勝ち負けの話なのだろうか。いや、そもそも私は、このことについて何を知っているだろうか。ぐるぐる考えているうちに、「じゃ、行ってきます」と、彼は学校に行ってしまった。
もっと知りたいと思った。知らなきゃ、と思った。そして、息子ともこの話を、もっとしたい。
自分から距離のある国の人たちのことを、きちんと知ることは、簡単なことではないだろう。
でも、私は、私たちが生きているこの世界のことを、もっときちんと知りたい。私たちが生きているこの世界を、もっと深く愛したい。
画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉
◼︎連載・第40回3月20日(日)に公開予定です
佐藤友美(さとゆみ)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学4年生の息子と暮らすシングルマザー。