フォワグラ“は”美味しかった
null「本当のことを伝えるのって、難しいね」
ぽろっと、息子が言う。
ハンバーグの話だ。
最近、盆と正月が一緒にきてるんじゃないかというくらい、バタバタしている。そこに、コロナの影響による、息子のオンライン授業。
いや、正確にいうと、通学してもよいしオンラインでもよいし、好きに選べるのだけれど、「どうせ、学校に行っても仲いい友達、誰もいないし。だったら学校行く意味ないし」と、オンライン一択である。
学校に行かないということは、給食が出ない。
つまり、家での食事回数が増える。
料理は嫌いじゃないけれど、毎日、朝昼晩朝昼晩とご飯を作っているといろいろ追いつかない。2食続けて同じものは食べない(つまり残り物は食べない)という(元)夫の影響か、息子も同じものを出すと「あ、じゃあいいや」と食事をパスする。
「文句あるなら自分で作れ!」と言いたいし、教育的にも言ったほうがいいと思うのだけれど、そこからの一悶着を10〜15分と見積もると、「今日はダメだ、教育的指導は〆切のないときにしよう」と思ってしまう。
というわけで、最近は、あたためるだけで簡単調理できる食材を、スーパーで買いだめしたり各所からお取り寄せして凌いでおる佐藤家の食卓です。
で、ハンバーグの話に戻るのだけれど、その夜は湯煎するだけでOKという、でもちょっと高級な冷凍ハンバーグをあたためて、食卓に出していた。
どこが高級かって、フォワグラがのってるところ。なんと、ロッシーニではないか。そんな高級食材を小学生に与えていいのだろうかと一瞬思ったけれど、今夜は調理している暇がない。ええい。食べさせてやろうではないか、フォワグラ。
パッケージを見ると、フォワグラとソースは3分、ハンバーグは15分以上湯煎してくださいとある。
次のオンラインミーティングの開始時間までジャスト15分。むむっと思った私は、13分半でハンバーグを引き上げ、それをお皿に盛り付け、「お夕飯できたよー」と息子に声をかけ、自分は仕事に戻った。
かれこれ1時間のミーティングが終わって、キッチンを見たら、食べ終わったお皿がシンクに置いてある。
「フォワグラ、おいしかった?」
と聞くと
「ああ、あれ、フォワグラだったのか。うん、フォワグラはおいしかった」
と、息子が言う。
「フォワグラ“は”、ってことは、ハンバーグはイマイチだったの?」
職業柄「てにをは」が気になる母が聞くと、彼はちょっと言いよどむ。
「あー、うん……。なんかハンバーグが固くてさ。うん、あまりおいしくなかった、かな」
と、言った。
そして、そう話してすぐに
「なんか、ごめんね」
と言われたので、
「いやいや、こちらこそ、なんかごめんね」
と、返す。
多分、私が1分半、値切ったせいだ。なんか、ごめん。
そして彼は、
「本当のことを伝えるのって、難しいね」
と言った。
でも私が、
「そうだよね。でも、教えてくれたほうがありがたいな。そうしたら、次はもっとあたためる時間伸ばそうとか、そもそもこの商品を買うのやめようとか、学習するから」
と話すと、ほっとしたようだった。
メンズも10歳にもなると、人の気持ちを察するし、空気を読む。思いついたことは全部口にしなきゃ気が済まない私よりも、よっぽどマナーがなっている。
「子どもの遊ぶところで、ママは本当に楽しいの?」
そういえば、彼はよく「本当に、そう思っている?」と聞く。
たとえば、ばあばと私と3人でUSJに行ったとき。
めちゃくちゃ楽しそうにしながらも、彼は何度も「ねえ、ばあばは大丈夫? 楽しい?」「ママは、楽しい?」と聞いていた。
「うん、楽しいよ」というと、一瞬ほっとした顔をするけれど、「でも、本当に?」と聞く。
どうやら以前、親しい人と楽しい時間を過ごしたあと、「自分は本当は、全然楽しくなかった」と言われる経験をしたらしい。おおお。大人の階段。
「そうか、それは悲しかったね。たしかに、人は思ってもいないことを言ったり、人に気をつかって逆のことを言ったりすることあるよね」
と話すと、彼はうんうんと肯く。
それを聞いていたばあばが口を挟む。
「でも、ばあばは、身内に対しては、気をつかって逆なことを言ったりしないよ」
「ママは、身内だろうが誰だろうが、気をつかってお世辞言ったり話を合わせたりしない。それができてたら、多分もっと出世してた」
と、私も言う。
「だから、少なくとも、ママに関しては顔色を伺わなくて良い」
彼は、私の言葉を聞いて、曖昧にうなずく。まだ、気になることがあるようだ。
「でもさ、子どもの遊ぶところで、ママは本当に楽しいの?」
と聞いてきた。
ああ、そういうことか。
「それでいうと、ママが楽しいというか、息子氏が楽しそうにしているのを見ているのが楽しい。楽しいというか、幸せな気持ちになる」
「え、でも、自分がやりたいことをやったほうが、楽しくない?」
「うーん、場合によるけれど、息子氏が楽しそうだと、だいたい私も楽しい」
「ええええ、嘘だあ。自分が楽しいことの方が楽しいに決まってない?」
「意外とそうでもないんだよねー。まあ、キミにも好きな人や大事な人ができたらわかるよ」
と、その日は会話を終えた。
子どもが何に疑問を感じているのか。何を不安に感じているのか。
それをゆっくり紐解いていくと、たいてい、自分も幼い頃に考えたことだったなと思い出す。
たとえば、ケーキを2つに切ったとき、大きい方を相手にあげるようになったのは、いつからだったっけと思い出す。
人が喜ぶ方が、ちょっと幸せ度大きいかもしれないって思ったのはいつだろう。
でも、結局自分が楽しくないと、人を楽しくさせられないな。結局自分大事だなって気づいたのはいつだろう。
そう、幼い頃に考えたことだけじゃないよね。今、まさに考えていることに、つながっていることもある。
たとえば、「本当のことを伝えるのは、難しい」なんて、いま、まさに私の課題だと思う。
難しさの本質はどこにあるのか。彼の言葉を思い出しながら、頭を回転させる。
プライベートと仕事が混ざり合って、楽しくなってきて、また、私はデスクに向かう。こういう毎日が好きだ。
画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉
◼︎連載・第39回2月27日(日)に公開予定です
佐藤友美(さとゆみ)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学4年生の息子と暮らすシングルマザー。