連載第一回目はこちら。
秋に越し、気ままな「野ざらし荘」での一人暮らしも気がつけば冬を越え、春を迎えていました。
何も手をかけないままの“野ざらし”な暮らしに居心地の良ささえ感じはじめていましたが、そのままでは流石にまずいと重い腰をあげ、母屋部分の改装に取りかかることにしました。とはいえ建築の知識は皆無で、まずは設計から大工、庭までを仕事にする頼れる友だちに相談をしました。
小さい家ながら理想の間取りを考え出したら止まらず、「天井は吹き抜けにして、入口の和室部分は誰でも気軽に立ち寄れるような土間に。キッチンには呑み屋みたいなカウンターを作りたいなあ」と妄想は膨らむばかり。いざ予算を聞かれてほとんど持ち合わせの金はないのだと伝えると、「やりたいのなら、まず金を出せ!」とごもっともな意見が返ってきました。
それでも心の広い友だちは限りなく少ない予算の中でできる限りのことをやってみよう、と3週間の約束で住み込みをしながら改装を手伝ってくれることになりました。多少口は悪くとも持つべきものは友です。改装計画書を作り、大家さんからのOKも出て、いよいよ怒涛の改装月間がスタートしました。
まずは家を解体するところから
null家の改装のメインは母屋のキッチンと玄関を入ってすぐの和室部分で、この2部屋の天井をぶち抜き、壁を取り払い、畳を上げて土間にします。
何度か他の家やお店の解体現場に足を踏み入れたことはあったので少しはわかっているつもりでしたが、いざ自分の家の壁を壊す、となると話は別で、バール(棒状の大工道具)とトンカチで最初の穴を開ける瞬間はさすがに胸の奥がチクリと痛みました。
さっきまでは押してもうんともすんともしなかった壁が一度穴が空いてしまうと、ちょっと穴の周りをトンカチで叩いただけであっけなく崩れていき、その脆さに愕然とするのでした。
それでも叩き、壊し続けているとそれが快感となって、最後は手伝ってくれた仲間たちとアクション映画ばりの足蹴りで壁を壊しました。
天井も同じ手順でバールを宙に突き上げ、バリバリと剥がしていきます。要領がわかって調子に乗って勢いよく天井板を剥がしていたら屋根裏に動物が溜め込んだと思われる藁やら糞やら、長年溜まった埃が一気にザザーっと頭に降りかかって全身真っ黒に。その瞬間、色々想像して身悶えしました。
玄関口の天井を壊したら、40センチ近いスズメバチの巣が出てきて驚きました。
築50年を越えた家で当時の詳しい図面が残っているわけでもないので、増築した名残を見つけたり、土壁の中から竹で編まれた格子の下地“小舞(こまい)”が現れ、大工たちの細やかな仕事ぶりを垣間見ることができたり、まるで宝探しのような発見が多くありました。何より解体することで新築では味わえない、当時家を作った大工たちと時空を超えた交信ができたことが、改装の一番の収穫でした。
階段は100段!3tの砂を人力で運ぶ…過酷な土間打ち
null解体を始めて2週間。改装もいよいよ大詰めで、ついに家を作る工程に入ってきました。改装のハイライト、土間打ちです。
土間打ちする部分は畳15畳ほどの広さで、ざっと見積もって砂利と砂、セメントで総重量3トン(3,000キロ)が必要とのこと。生コン車を呼ベば一瞬で終わる作業も、階段があって車は入れないので、人力で運び、人力で練ることになります。
改装の進み具合が読めず急遽決まった土間打ちでしたが、仲間たちが10人ほど集まってきてくれ、前日からみんなで25キロ近い砂袋を持って、我が家へと続く100段の階段をえっちらおっちら、100往復以上しました。土砂降りの引越しも大変でしたが、こちらも負けず劣らずハード。
野ざらし荘に来ると色々手伝わされる、と改装が終わる前から人が寄り付かなくなるのではと少し心配になりました。
コンクリートは生モノで一旦練ったらどんどん固まってしまうので練って流すまでが勝負。はじめての作業に最初はあたふたしていた助っ人たちも気づけば絶妙のチームワークで、熟練工のようなムダのない動きをしていました。
外で4、5人が交代でコンクリートを練り、バケツリレーで中に運び入れていきます。コンクリートを床に流し込む様子は海に潮が満ちていくようで息を飲む美しさでした。そのコンクリートの海の上に渡した足場板からバランスを取りながらコンクリートをならし、左官する姿はまるで船を操る船頭さんのよう!
大工仕事の息抜きに庭の土を耕す
null仲間たちが集まり壁をぶち壊し、土間を打って……というダイナミックな作業は終わりましたが、その後も開けた穴をパテで埋めたり、壁に塗る漆喰の下地の準備をしたり、目が行き届かないような細かい作業が恐ろしくたくさんありました。
予算がないのもあるし、木材一つをとってもゴミとして出すには階段の下まで降ろさなければいけないので、できるだけ解体して出た古材を使って家に新たな命を吹き込んでいきました。
カウンターは壊した押し入れの棚と外した畳の足場材を使って作り、友だちにもらった古材を使って棚や壁を作りました。できる限りあるものを使い、新しく買った木材は、穴だらけでもはや大黒柱の役割を果たしていなかった大黒柱とそれを支える柱の2本だけでした。
改装の噂を聞きつけた友だちの手助けもあって、作業は順調に進んでいきました。手を加えたすべての箇所に物語があって、夜はそれを眺めながら語らい、酒が進みます。
作りかけの家を見ながら、人は壊しては作り、また壊しては作るを繰り返していく生きものなのだなとつくづく感じました。そして小さい作業の積み重ねが人が住まう“家”を作ってしまうことに改めて感動するのでした。
終わりは突然に
null終わりというものは思いがけないほど唐突にやってくるもので、野ざらし荘の軒先でお昼の休憩をしていた大工の友だちと何気なく、「改装、いつ終わるかねー」という話をしていたら、「もうほぼ終わったよ」と言われました。思わず、「へっ⁉︎」と聞き返してしまいましたが、返事は「ほぼ終わりだよ」。心の準備がまだできていないまま、あっけないほど突然に終わりを告げられたのでした。
その友だち曰く、「改装なんてのは終わりにすれば終わりだし、ここを直して、あそこを直して、なんていっていればきりがなくって一生かかっても終わらない」のだそうです。
というわけで、着工から1カ月もしないうちに改装は終わりました。大工仕事を手伝う傍ら、息抜きに耕していた庭もなんとか庭らしくなってきたので野菜と花の種を蒔きました。数日後には新芽が顔を出し始めました。住み始めて半年近く経って「野ざらし荘」に新しい風が吹き始めました。
次回は、改装後の実際に暮らしている様子をお届けします。
【著者】
清土奈々子
階段100段を登った高台の一軒家「野ざらし荘」に夫と2歳の子と暮らす。編集・ライター、ギャラリー「野ざらし荘」運営、子ども向けワークショップのコーディネーター、絵描きのtoiとともにユニット「村のバザール」を組みライブイベントの企画やウェディング装飾、デザインワークなど行う。ミュージックビデオなど映像制作も。
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