その1:難解な数式を解くように「思考力」が刺激される
nullよく将棋は“頭脳スポーツ”と称されますが、その理由を大石さん(下写真)はこのように語ります。
「将棋は一手につき、何百通りもの選択があります。プロ棋士は10手以上先を読んで着手を決めます。たとえば有力な選択肢が10通りあるとして、それを10手先まで読むと、その数は100億通り。つまりプロ棋士は億単位の選択肢の中から、勝利に繋がる最善の一手を選んでいるということです。
この作業は、理系の考え方に近く、難しい数式の計算問題を解いているようなもの。しかも100点は絶対にとれない正解のない数式です。
限られた時間の中で、数えきれない大量にある情報の中から、できるだけ勝利に近い一手を正しく読まなければならない。これはとてもエネルギーのいることで、短時間で脳を刺激します。思考力をフル回転させて活発に使うため、結果として脳を鍛える訓練になっているのです」
難しい数式を短時間で解いているのと同じ効果があるとは驚きですね! 将棋が頭の良い子を育てるといわれる理由にも納得です。
その2:広い視野で見る「大局観」が身につく
nullさらに重要なのは、“大局観”と呼ばれる先を見通す力。広い視野で、全体を俯瞰して盤面を見ることができる者が、勝利を制すると大石さんは続けます。
「将棋は例えるなら、ふたりの対戦者が真っ暗闇の迷路に迷い込んだようなもの。しかも、その迷路にはいろんな所に落とし穴が空いている。早くゴールするために、ふたりとも懐中電灯を持っている。でもその懐中電灯の明るさはそれぞれ違って、真っ暗闇でも遠くまで見通せるか、近い場所しか照らせないか……性能に違いがあります。先が見えない中で、遠く、広く見渡せる力があるかどうか、これが勝負を左右するんです。
羽生棋士は中学生の頃から、遠くをピシッとまっすぐに見通せる、鋭い力がありました。一方、藤井棋士は、ものすごく遠くまで広い範囲で冷静に見渡せる。おふたりとも、何手先までも正確に読み切る鋭さは、まさに天性の才能ですね」
勝利のためには、相手がどう指してくるか、先まで読み通す力が不可欠。将棋をプレーすることで、全体を俯瞰して見渡す“大局観”が自然と身につくようになるんですね。
その3:冷静に見極める「決断力」が鍛えられる
null将棋は双六や麻雀のように、運に左右されるゲームではなく、いくつもの情報から正しい選択を繰り返すことができた実力のある者だけが勝利します。熟練したプロ棋士は、正しい手を一瞬で見極めています。それは幾重もの“決断の連続”であると大石さん。
「プレー中は30秒で一手を決めなければならない時もあります。将棋は難しい数式のようなものなので、すぐに答えはわかりません。正解が分からない中、自分の経験と勘なども使いながら、これがよさそうだという最善の一手を自分で決めなければならない。強い棋士が“決断力が鋭い”といわれるのはこのためです」
負けられないというプレッシャーを背負いながら、孤独な戦いの中で冷静沈着に決断していく力。これは大人になっても、ぜひ身につけたいものですね。
将棋をプレーすることで身につく、思考力、大局観、決断力。これらは特に、ビジネスの世界でも重要視されています。企業の社長など、大きな組織のトップに立つ人は、先の見えない中、最善の決断を下していかなければなりません。そのため、将棋から学んだことは、将来社会に出た時にも役に立つと注目されています。
子どものうちから将棋を体験することで自然と身につく力は、どれも将来大人になっても役立つもの。この機会に、ぜひ親子で楽しくはじめてみるのはいかがでしょうか?
【取材協力】
大石祐輝(おおいしゆうき)
プロ将棋界情報や上達講座など、将棋にまつわるさまざまな情報を発信するWEB媒体『将棋情報局』編集長。将棋・囲碁の書籍編集部を経て現職。
『将棋情報局』
取材・文/岸綾香