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夫婦のささやかな幸せが胸を打つ、映画「エセルとアーネスト」。絵本を再現した手描き技術も堪能したい

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『名探偵コナン』シリーズを観にお子さんと一緒に映画館へ足を運び、コナンのコアなファン層が実は20代の女性が多いという発見に驚いた人も少なくないのでは? 子どもから大人までアニメが大好きな日本では、外国製アニメーションは一般には受け入れられないと長らく言われていましたが、ミシェル・オスロ監督のフレンチ・アニメーション『キリクと魔女』(2003)の成功をきっかけに、芸術性と物語性が高いと称されるヨーロピアン・アニメーションの人気があがってきています。

9月28日に公開される『エセルとアーネスト ふたりの物語』は、『スノーマン』で知られる絵本作家レイモンド・ブリッグズが自身の両親の人生を描いた絵本を映画化した傑作。ロンドンに住む”普通の夫婦”の目を通して語られる1920年代から1970年代までの歴史は、教科書では味わえない市井の人々の息吹に触れられる画期的な”生活の記録”とも言えるでしょう。本作の制作に参加し、世界を股にかけて活躍するアニメーターのポール・ウィリアムズ氏とのインタビューを元に作品の魅力をお伝えしたいと思います。

絵本から抜け出てきた2D手描きアニメーション

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

CGアニメーションがメインストリームなった現在、2Dの手描きアニメーションは高いスキルのアニメーターを確保し、制作に時間とコストがかかることから、近年では珍しくなっています。

ポール・ウィリアムズ氏(以下、ウィリアムズ氏)の話では、CGアニメーションが席巻している時代だからこそ、CGを多用しないアニメーション映画には、様々な手描きスタイルと深い物語性が必要とされているそう。

本作もそれにならう作品で、細部にこだわった手描き技術や大人も楽しめる深い物語性が堪能できる1本。

絵の具や色鉛筆が香り立つような深い色合いやスケッチ風の線はブリッグズの絵本そのまま! ウィリムズ氏によると、家の正面のレンガひとつひとつから、部屋の食器まで史実通りに再現されているのだとか。制作したアニメーター達は自分たちの祖父母世代を描くために、様々な資料や自身の記憶を元に、ディスカッションを重ねて細部まで正しく理解し、絵に表現したと言います。

また、ドラマチックな展開がないのに感動してしまうのは、エセルとアーネストの静かだけれども強く深い愛情、日々の喜びや苦悩が、手描きの繊細な表情や動作からジワジワと心に染み入るから。ディズニーやピクサーの映画で見るようなデフォルメされた絵や誇張されたエモーションがそこにはないからこそ、観客は自然に映画のなかに入っていけるのです。

異なる価値観が混在した夫婦の視点

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

物語の始まりは1928年。上流階級の貴婦人のメイドとして働くエセルと牛乳配達人として働くアーネストは出会い、恋に落ち、結婚します。上流階級のマナーを身に着けたエセルと労働者階級出身のアーネストは、第二次世界大戦、政権交代、核実験、月面着陸やスウィンギング・ロンドンなど時代の荒波にもまれながらも一人息子を育てます。

興味深いのはエセルは上流階級が支持する保守党寄りで、アーネストは労働者階級が支持する労働党寄りと、夫婦が政治や社会に対し全く異なる視点をもっているところ。二人のこの違いから異なる社会階層の視点を本作は映し出しており、当時のイギリス社会全体を見渡すことができます。

夫婦にはそれぞれのアイデンティティがあってよい

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

ウィリアムズ氏に聞いたところ、夫婦で違う政治観をもつことはイギリス人にとっては珍しいことではないそう。女と男は夫婦になってしまうとどうしても個々のアイデンティティを失い、夫婦としてひとつのアイデンティティを築いてしまいがちですが、そうするとお互いに同化しきれない違いに目が行き、不満を抱えてしまうもの。でも、エセルとアーネストのように政治、生活や子育てに対する姿勢や意見が違っていても、一歩引いてお互いをリスペクトするーー。この二人から夫婦のあり方を考えさせられます。

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

それに、名門大学に行けるほど成績優秀だった息子のレイモンドが1960年代のスウィンギング・ロンドン(ロンドンにおける若者文化の革命)に飲み込まれて、美大へ進学してしまうことに対し、反対しながらも、結局は息子自身に人生の選択を委ねるあたりは、親として学ぶべきところがあるでしょう。

親の言う通りにしなかったからこそ、レイモンド・ブリッグズは世界的作家になったのだから。ちなみに、ウィリアムズ氏のご両親もアーティストになりたいという彼の夢をいつもサポートしてくれたのだとか。

国境を越えて活躍するアニメーター

グローバルに活躍するアニメーター、ポール・ウィリアムズ氏。代表作に『イリュージョニスト』(2011)『レッドタートル ある島の物語』(2016)など多数。

現在日本に在住し、本作の制作に参加したイギリス人アニメーターのポール・ウィリアムズ氏は、イギリスの美術大学を卒業後、過去15年以上にわたり『イリュージョニスト』(2011)や『レッドタートル ある島の物語』(2016)などヨーロッパを代表するアニメーション映画に携わってきました。グローバルに活躍する彼の成功の秘密を聞いてみたところ……。

「私自身もまだまだ模索中ですが、学びたいという情熱を持ち続けることが大切なような気がします。世界中の偉大なアーティストに出会い、彼らから様々なアプローチを学ぶ。

アニメーションの世界は国境が無くなってきています。それぞれの国には豊かな歴史と芸術があり、異文化の人達と働くことによって新たな視点が自分に生まれるーー。多様な文化的背景からもたされる価値観を理解することで、自分の語る物語にリアリティが生まれると思うんです」

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

『エセルとアーネスト ふたりの物語』はロンドンの普通の夫婦が主人公。そして、エセルとアーネストの絵に息を吹き込んだのは、10カ国以上にものぼる多様な国籍のアニメーターたち。

エセルとアーネストの表情や動作が日本人の私達にも訴えるのは、ボーダーレスに活躍する彼らが様々な異文化を体験した上で、人間のもつ普遍的なエモーションを理解し表現しているからかもしれません。

「大きな歴史をパーソナルに綴った物語に、私達は本当の歴史を見ることができるのではないでしょうか」とウィリアムズ氏が言う通り、本作は激動の20世紀の歴史において声なき人々の声を綴った画期的な物語。

 

就学前のお子さんにはまだ早いかもしれませんが、絵本が大好きな少し大きなお子さんとなら一緒に楽しめる傑作に仕上がっています。

【作品情報】

『エセルとアーネスト ふたりの物語』

9月28()より岩波ホールほか全国順次ロードショー

監督:ロジャー・メインウッド 原作:レイモンド・ブリッグズ(バベルプレス刊)

音楽:カール・デイヴィス エンディング曲:ポール・マッカートニー

声の出演:ブレンダ・ブレッシン/ジム・ブロードベント/ルーク・トレッダウェイ

原題:Ethel & Ernest

2016年/94/カラー/ドルビー・デジタル/ヴィスタサイズ/イギリス・ルクセンブルク/

日本語字幕:斎藤敦子/後援:ブリティッシュ・カウンシル

配給:チャイルド・フィルム/ムヴィオラ

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