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ドラマ「silent」。あふれ出す「切なさ」と緻密な「会話劇」 に目が離せない!

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「切ない」「泣ける」と話題の木曜ドラマ『silent』、皆さんはご覧になっていますか? 『TVer』の見逃し配信では、史上最高の再生回数を更新し続けているのだとか。その魅力について、独自視点のTV番組評とオリジナルイラストが人気のコラムニスト・吉田潮さんに教えていただきました。

「好き」の本質

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人を好きになるって、どんな感じだったっけ。

酸いも甘いも嚙み分けて、年齢も経験値もそれなりの大人になると、原点を忘れてしまうもの。「好き」の本質を改めて思い出させるドラマ、それが『silent』(フジ系)だ。

ヒロインの青羽紬(川口春奈)は、高校時代の恋人・佐倉想(目黒蓮)から突然、一方的にフラれた経験がある。しかも、別れはLINEで一言「好きな人がいる。別れたい」のみ。会って話を聞くことすらできず、音信不通に。なかなかのトラウマである。

その後、就職した会社では上司のセクハラや同僚のいじめに遭い、精神状態も危うくなっていた紬。彼女を救ったのは、幼なじみで同級生の戸川湊斗(鈴鹿央士)だった。

主成分が優しさと配慮でできた湊斗のおかげで、紬は会社を辞めて、笑顔を取り戻す。ふたりは3年の交際を経て、そろそろ一緒に住む家を探し始めた矢先、紬が駅で想の姿を見かける。追いかけた紬は、そこで初めて知る。想は病気で聴力を失っていたのだ。

8年ぶりの再会で、湊斗は身を引き、紬と想はよりを戻すことに。学生時代から中途失聴した想を支え、密かに恋心を抱く桃野奈々(夏帆)も登場。高校時代と現在、さらにその間を行きつ戻りつ、物語はそれぞれの視点で感情の機微を丁寧に描いていく。

登場人物すべてを愛おしく感じさせる「対話」劇

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とにもかくにも、会話のシーンにたっぷりと時間をかけているのが特長だ。

奇をてらった名言や長いセリフではない。日常の何気ない言葉のやりとりの中に、登場人物の心情や性格、関係性が実によく表れている。淡々と展開していくように見えるが、その会話には膨大な情報量が。

友達と恋人の違いを呼び名の変化で表現したり、無意識に相手の名前を出す癖で愛情の浸透を表現したり。実はとても緻密な会話劇とわかる。

通常の恋愛モノは、心ザワつかせる恋敵や三角関係で生じる嫉妬、わかりやすく「対立構造」を置くものだが、『silent』では対立させない。対立ではなく「対話」をさせている。恋愛に必ずしも敵や悪者は必要ない、というスタンスがとても新鮮。

言葉を尽くし、手話を通して、時には筆談(アプリも使えば、ノートに直筆も)も含めて、たっぷりと時間をかけて向き合っていく。言葉を大切にしている制作陣のこだわりも伝わってくるのだ。

それをうけての役者陣もお見事。前半、ほぼ毎回泣いていた川口の涙の多彩さには驚いたし、シンプルな手話に加えて感情表現を優美な表情で見せた目黒も、親友と恋人への複雑な思いやりの感情を抱いた鈴鹿も、実に適役だった。喜怒哀楽にあてはまらない、微妙な心模様を体現していて、すべての人物が愛おしく感じる。

生まれつきのろう者で、手話ネイティブのよくしゃべる奈々を演じる夏帆に至っては、完璧としかいいようがない。手話は手の動きだけでなく、表情の豊かさも必要だが、この難役を完璧にこなしていた。

このドラマ、カフェやファミレスでのシーンが多い。ロケ地となった地域や店には、「聖地巡礼」をする人が押し寄せているらしい。人物への思い入れももちろんだが、彼らが対話した現場を肌で感じたい人が多いのかもしれない。それくらい対話シーンは印象と記憶に残る。

あふれ出す切なさで「好き」を思い出す

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もうひとつの魅力は「切なさ」。マイ・ベスト切ないシーンを切り取ってみる。

まずは第5話の湊斗。紬と別れる決意をしたが、電話で忘れ物を伝える湊斗。長電話で付き合った3年を振り返るふたり。電話を切った後、暗い部屋のベッドで横になり、目を閉じる湊斗。目を開けると、紬と初めて迎えた朝にさかのぼっている。目の間には愛おしい紬の姿。幸福感に満ちた朝を噛みしめていたが、そこでハッと目が覚める。それは夢だったというシーン。湊斗の頬には涙の筋が残っている…。

そして、第6話の奈々。大学に入って失聴した想は、声を出さなくなったため、奈々は想の声を聴いたことがない。高校時代に付き合っていた紬は当然だが、想の声を聴いたことがある。自分の恋が叶わないと悟った奈々。心配した想からの着信。音が聴こえるはずのないスマホを泣きながら耳に当てる奈々。「あなたの声が聴きたい」という意思表示なのだが、あまりに切なすぎて号泣必至。しかもその後、想は紬を追いかけていってしまう……。

好きな人が自分から離れていく切ないシーンだが、「そうそう、人を好きになるってこういう感じだったよね」と再確認できる。不意に襲う思い出や、感情の高ぶりが起こす無自覚な行動。忘れてたよ、「好き」は苦しいということを。また、無音のシーンとOfficial髭男dismの歌声の絶妙な切り替えも、切なさをたたみかけてくる。

これだけ時短&倍速視聴が当たり前の世の中で、じっくり視聴したいと思わせる妙。字幕を追う、手話の意味を知る、役者の表情を見る、言葉のニュアンスを読み取る、対話の行く末を見守る……この忙しさが煩わしいと感じることはまったくなく、むしろ心地よく流れる時間を味わえるので、ぜひ体感してほしい。

『silent』
フジ系毎週木曜夜22時~
脚本:生方美久 プロデュース:村瀬 健
出演:川口春奈、目黒 蓮(Snow Man)、鈴鹿央士、桜田ひより、板垣季光人、夏帆、風間俊介、篠原涼子

吉田 潮

イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。

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