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「泣き声が聞こえない街でいいの?」子どもの泣き声との新しい付き合い方【犬山紙子の答えはなくとも育児会議vol.17】

公の場での子どもの泣き声について、いろんな意見が交わされています。親を責める声があり、責める人を責める声があり、時には子育て真っ最中の親同士でさえ意見がぶつかり合うこともあります。そんな中、エッセイストの紫原明子さん発の「『WEラブ赤ちゃん』プロジェクト」の「赤ちゃん泣いてもいいよ」ステッカーが話題となっています。

『私、子ども欲しいかもしれない。』(平凡社)で「子ども本当に産んで大丈夫!?」「仕事と両立、本当にできるの?」など、出産についてとことん考えた犬山紙子さん。育児まっただなかの今、どんなことを考えているのでしょうか? 先輩ママ、独身女子などいろいろな立場から「妊娠・出産・育児」にまつわる話をしていきます。

今回は、『家族無計画』(朝日出版社)などの著書を持つエッセイストの紫原さんも会議に参加。赤ちゃんの泣き声についてお話をうかがいました。

【今回の会議参加者】エッセイストの紫原明子(16歳&12歳の二児の母)、編集K(7歳女&4歳男の二児の母)、編集S(独身)、ライター北川和子(8歳&7歳&0歳の三男の母)

泣き声が聞こえない街=未来の人がいない街

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犬山紙子(以下、犬山):今、1歳の娘を育てていて、電車や新幹線で移動するにも一苦労なんですけど、私も含め、紫原さんの「赤ちゃん泣いてもいいよ」のステッカーに救われているお母さん、たくさんいると思います。どんな背景で「『WE LOVE 赤ちゃん』プロジェクト」が始まったんでしょうか。

紫原明子(以下、紫原):私、赤ちゃんを育てていたときの訳もない心細さが「結構つらかったな」という思いが今も残っているんです。赤ちゃんを育てている当事者は、公の場で自分の子に「どんどん泣いていいんだよ」なんて言えないですよね。周りの人に対して「申し訳ない」と思っている様子を見せないいけないと感じていたし、「申し訳ない」と思っている様子を見せないといけないと思っていました。

親がどんなにあやしても赤ちゃんが泣き止まないときってあります。赤ちゃんは泣くのが当然なのに、ママ達は小さくならなきゃならない。でも、実はそんなに厳しい目で見てる人ばかりじゃないと思うんです。泣いてもいいよ、お母さん慌てなくていいよ、と思ってる人も沢山いると思う。そういう人の声を可視化したくて「赤ちゃん泣いてもいいよ」ステッカーをつくりました。

編集S:やっぱり“泣いてしまう”お子さんがいらっしゃるときには、自分から「泣いてもいいじゃん」とは言えなかったですか?

紫原:そうですね。自分が赤ちゃんを育てる当事者でなくなって、赤ちゃんと親御さんを取り巻く周りの人になったのでやろうと思いました。

感じ方って人それぞれなので、このプロジェクトは決して、赤ちゃんの泣き声をうるさく思わないで!と訴えるものではないんです。ただ、個人的には「泣き声が聞こえない街でいいの?」とは思います。

私が小さい頃は、まだ家の近所に野良犬がいたけど、今はもうほとんどいません。自然にあったものがどんどんなくなるなかで、赤ちゃんの泣き声まで消えたらみんな不安にならないのかな。それって未来の人がいなくなるってことですよね。

北川:確かに赤ちゃんは、都会に残された自然だと思うんですよ。台風や穏やかな小春日和が目まぐるしく入れ替わって、対策は打てても、制御不能なときもある。自然が消えて、コントロールできるものだけが優遇されていくのは、怖いですよね。

赤ちゃんを許容できる社会は、人の弱いところを許容できる社会

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編集S:自分も泣いてうまれてきたのに、「赤ちゃんに泣かれると困る」という文化はなぜできちゃうのでしょうか。

紫原:中には、泣き声を聞くとパニックになってしまうという方もいらっしゃいます。あるいは、単にすごく疲れていたり、限界まで追い詰められてギリギリだったり、社会には外から見えなくても、色んな事情を抱えている人達がいます。何せ親だって、余裕がないと自分の子どもの泣き声も辛いものですよね。

私は、極論を言えば、赤ちゃんの泣き声を許容できる社会というのは、色んな事情を抱えた人達にとっても優しい社会だと思う。みんないろいろ弱いところを持っていて、自分の弱いところが優遇されないで、人の弱いところだけが優遇されていることに怒っている方もいるのかもしれませんね。

犬山:余裕がないと、他人が自分より優遇されている感じが気になるのかもしれませんね。自分の置かれた状況が悪くなっている原因とは異なっていても、なぜか他の誰かを追い込んでしまうという面もあるような気がします。

ママが周りの寛大さを信じるのが難しいのはなぜ?

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紫原:あと、「赤ちゃんは満員電車に乗るな」という声も聞かれますが、赤ちゃんが満員電車に乗らなきゃならない状況とか、満員電車になってしまう理由があって、そこを変えていかなきゃならないと思うんですよ。

犬山:本当にそう思います。赤ちゃんだけでなく、妊婦さんだって、満員電車に乗らざるを得ないこともありますよね。

紫原:そして、たとえ周りの人が寛大でも、その寛大さを信じるのが難しかったりしますよね。

北川:寛大な人は声を出さないですからね。インターネットで育児の掲示板なんかをのぞくと、世のお母さんに対する厳しい言葉が並んでいて、読んでいると赤ちゃんの泣き声を責める意見が多数派のように思えてきます。私自身、3人目を産んで、誰もが赤ちゃんの泣き声に冷たい視線を投げかけているわけじゃない、ということもわかっていますが……。

紫原:インターネット、怖いですよね。昔、育児関連の掲示板に「飛行機に乗る時には前後左右のお客さんに“赤ちゃんがいます、すいません”と頭を下げるのが当然」みたいなことが書いてあって、私も実際にやってました。

全員:えぇー!?

紫原:“愛のない正論”が並ぶインターネットの情報をみて、みんなで母親のハードルを上げてしまうこともあるのかもしれませんね。

犬山:基本、育児って「母親ができて当たり前」で、何かあったら特に母親が「それは自分が至らなかったから」と思わされる風潮がある気がして。ことあるごとに、自分を責めるという人はすごく多そうだな、と思います。

北川:自分を責めてしまいがちなママ達の心を少しでも軽くするために、「赤ちゃん泣いてもいいよ」のまなざしが少しずつ広がっていけばいいなと思います。

 


 

【取材協力】

紫原 明子(しはら・あきこ)さん
エッセイスト。1982年福岡県生まれ。高校卒業後、音楽学校在学中に起業家の家入一真氏と結婚。のちに離婚し、現在は2児を育てるシングルマザー。著書に『家族無計画』(朝日出版社)、『りこんのこども』(マガジンハウス)などがある。

 

構成/北川和子

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