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生理前にイラつくのはなぜ? 体を動かすホルモンの不思議

長寿社会をよりよく生きるために大切なのがホルモンだ。女性は閉経によりエストロジェンが一気に減り更年期障害に悩まされる。男性も加齢に伴うテストステロンの減少が心身に影響を与えることが知られてきている。寿命が伸びれば伸びるほど、ホルモンの減少とどう付き合うかが人生の後半生の課題となってくる。横浜市立大学市民講座「ホルモン補充療法とは」より、ホルモンとホルモン補充療法について5回連載で紹介する(本記事はその1回目)。

ホルモンは体がうまく動くように調整する潤滑油

横浜市立大学名誉教授の田中冨久子先生は脳とホルモンの研究の第一人者として、ホルモン特に女性にとってエストロジェンの存在がいかに大切なものであるかを長年訴えて来た。

「女性の体はエストロジェンがないとうまく動かないようになっています。あるのが自然、ないのは不自然。なのにそういったホルモンの大切さを知らない人がたくさんいます」(田中先生)

ホルモンとは、体内の特定の器官で合成され分泌される生理活性物質で、ほんのわずかな量にもかかわらず、血液や体液を通じて特定の細胞に到達し、代謝や神経伝達、発生や分化といった生体活動をうまくコントロールしていくものだ。いわば、ほんのわずかで凄い効き目のある、魔法のような潤滑油なのである。

ホルモンはどこから分泌される?

このホルモン、どのような器官から分泌されるのだろうか。

普通イメージするのは、卵巣や精巣、副腎皮質などだ。しかし、じつは私たちの想像以上に多くの臓器からホルモンが分泌されている。

頭から順にあげていくと、脳の視床下部・松果体・下垂体、のどぼとけのすぐ下にある甲状腺・副甲状腺(上皮小体)、心臓、胃、膵臓、腎臓、副腎、肝臓、十二指腸、そして男性なら精巣、女性なら卵巣だ。

「心臓や胃からも出るの?」と驚く人もいるだろうが、心臓からは心房性ナトリウム利尿ペプチドという、利尿作用や血管拡張作用のあるホルモンが出るし、胃からは胃酸分泌を促すガストリンなどの消化管ホルモンが出る。

ホルモンが不足するとこんな病気に……

これらのホルモンの分泌がうまくいかないと、どのような症状や病気になるのだろうか。

たとえば、松果体のメラトニンの分泌が低下すると、不眠症になる。膵臓のインシュリンの分泌が低下すると、血糖値が上昇して糖尿病になる。甲状腺ホルモンの分泌が低下すると、基礎代謝が下がり、脱力感やうつ状態となる甲状腺機能低下症になってしまう。こうした病気で、メラトニン、インシュリンや甲状腺ホルモンを投与することも、ホルモン療法の一つだ。

そして、卵巣から分泌されるエストロジェン(卵胞ホルモン)やプロジェステロン(黄体ホルモン)が低下してくると、次のような症状が出る。女性の一生は、「成長期」、初潮から閉経までの「生殖期」、そして閉経後の「後生殖期」に分けられるが、生殖期には月経不順、無月経、無排卵、不妊、流産などが起き、後生殖期には更年期障害や骨粗しょう症などになる。

また、コレステロール値が上がり高脂血症になったり、肥満しやすくなったり、動脈硬化も起こりやすくなる。女性が男性よりアルツハイマー型認知症になりやすい要因の一つにも挙げられている。それほど大事なホルモンなのだ。

また男性も、精巣から分泌されるテストステロン(主要なアンドロジェン)が低下してくると、性欲低下、勃起不全、精子減少、更年期障害などになる。

だから、生殖期の女性で無月経になったり不妊になったりしたときにホルモンで治療をするのと同じように、後生殖期に更年期障害が起きたらエストロジェンの補充をするのは当然の治療なのだ。

エストロジェンの分泌はどのように調節されているのか

女性にとって大事なホルモン、エストロジェンの分泌はどのようにして調節されているのだろうか。

まず、脳の視床下部にある性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)が血流を介して下垂体前葉に運ばれ、下垂体前葉から黄体形成ホルモン(LH)や卵胞刺激ホルモン(FSH)といった性腺刺激ホルモンが分泌され、それが血流を介して卵巣に運ばれて卵巣を刺激することで、エストロジェンが分泌される。

28日の月経周期において、月経開始とともに新しく成熟中の卵胞から分泌されているエストロジェンは低濃度だが、月経によってはがれ落ちた子宮内膜を新たに増殖させる。しかし、2週目にむけて急増し、ピークに達したエストロジェンは、視床下部—下垂体に働きかけて、排卵を起こさせるための黄体形成ホルモンや卵胞刺激ホルモンを大量に分泌させる。

こうした視床下部—下垂体系のドラマチックな活動をコントロールするのが、エストロジェンのネガティブ・フィードバックとポジティブ・フィードバックという仕組みだ。卵巣と子宮における排卵の準備が整うまで、エストロジェンは視床下部—下垂体にネガティブ・フィードバック作用をおよぼして黄体形成ホルモンや卵胞刺激ホルモンの分泌を低レベルに抑えている。

しかし、エストロジェンが高濃度になると、それは排卵準備が整ったという情報として視床下部—下垂体はとらえ、排卵を起こさせるために大量の黄体形成ホルモンや卵胞刺激ホルモンを分泌。このエストロジェンの作用はポジティブフォードバック作用と呼ばれている。排卵は月経開始後の2週頃におこり、排卵後は、卵胞細胞は黄体細胞になってエストロジェンとともに,妊娠成立を準備するプロジェステロンを分泌する。これらのホルモンはまたネガティブ・フィードバック作用によって視床下部—下垂体系を抑える。

このような、卵巣ホルモン、とくにエストロジェンのポジティブ・フィードバック作用、ネガティブ・フィードバック作用によって、卵胞期、排卵期、黄体期といった女性の月経周期がコントロールされている。

なお、排卵がおこるまでのエストロジェンは視床下部以外の脳にも作用して気分を高揚させたり、認知機能をたかめたりするのだが、排卵後はその作用がプロジェステロンによって抑えられ、イライラが起こったり、認知機能が低下したりする。だから、大事な知的活動は排卵前にするのが効果的だ。

閉経後の女性は血中エストロジェン値が男性の約半分に

Estrogen Hormone Level. Beautiful medical vector illustration in pink colours. Scientific, educational and popular-scientific concept.

赤い部分はエストロジェンの量、MENOPAUSE(メノポーズ)は閉経・更年期。閉経を境に急激に減るのがわかる (c)Double-Brain/Fotolia

前述したように、女性のエストロジェン値には、初潮から45才くらいまでは、28日周期で細かくピークと谷が現れる。しかし、45才を過ぎたころからピークが低くなり、間隔もあいてくる。これは、排卵がうまく行われなくなってくる事を意味している。

そして50才を超えたあたりからピークと谷がなくなる。「閉経」である。日本人女性の閉経の平均年齢は50.5才だという。

その減り方がどれくらいかは、次のエストラジオール(最重要なエストロジェン)血中濃度の変動を見れば明らかだ。

〈生殖期〉*以下のように乱高下を繰り返す
月経開始から排卵まで(卵胞期):11~82pg/mlから52~230pg/ml
排卵期:120~390pg/ml
排卵後から月経まで(黄体期):9~230pg/ml

〈後生殖期〉*突然ガクンと下がる
閉経後:22pg/ml以下から限りなくゼロに近づく

これを見ると、排卵後,次の月経前にエストロジェンが低下し、さらにこの時に増加するプロジェステロンがエストロジェンを抑制することになれば、エストロジェンの脳への良い作用が失われて、イライラするということも納得できる。

しかし、さらに恐ろしいのは、閉経後の女性のエストロジェン値は、なんと男性の半分以下になってしまうことだ。

ここで、なぜ男性にもエストロジェンが? と戸惑う人も多いだろう。じつは男性の精巣は、テストステロンを合成・分泌するだけでなく、テストステロンからエストロジェンを合成し分泌することもしているのである。つまり男性の体もエストロジェンの作用を受けているといえるのだ。

更年期を境に、女性のエストロジェン値は男性のそれの半分にまで急激に減少してしまい、それを皮切りに、さまざまな体の変調が引き起こされていくのだ。

田中(貴邑)冨久子
たなか(きむら)・ふくこ 医学博士、横浜市立大学名誉教授。田中クリニック横浜公園(更年期女性外来/生活習慣病外来)院長。
1964年横浜市立大学医学部卒業、同大大学院医学研究科修了後、同医学部教授、同医学部長を歴任。専門は生理学、神経内分泌学、脳科学。平成29年秋の叙勲において瑞宝中綬章を受章。主著に『女の脳・男の脳』『女の老い・男の老い』(ともにNHKブックス)、『脳の進化学』(中公新書ラクレ)、『がんで男は女の2倍死ぬ』(朝日新書)、『カラー図解 はじめての生理学』上・下 (講談社ブルーバックス) 。学会活動は貴邑冨久子として行っている。

◆取材講座:「ホルモン補充療法とは」(横浜市立大学市民医療講座/アートフォーラムあざみ野)

取材・文/まなナビ編集室(土肥元子)

(初出 まななび 2018/02/22)

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