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ドラマ「あなたがしてくれなくても」を不倫ドラマと呼びたくない。描くのは「結婚の孤独と傲慢」

2組の夫婦のすれ違いを描いているドラマ『あなたがしてくれなくても』(フジ)、木曜夜のTwitterトレンドに入るほど、話題になっています。

独自視点のTV番組評とオリジナルイラストが人気のコラムニスト・吉田潮さんに、その見どころを教えていただきました。

「結婚したがゆえの孤独と傲慢」の物語

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自分の意志で孤独を卒業したつもりが、別の孤独に陥る。それが結婚。なんてことをつらつらと考えてしまったのが『あなたがしてくれなくても』(フジ)。セックスレスと不倫がテーマで、夫婦の危機と崩壊をセンセーショナルに煽るのかと思っていたが、違った。これは「結婚したがゆえの孤独と傲慢」の物語だ。

主人公は吉野みち(奈緒)。建設会社に勤め、喫茶店の雇われ店長である陽一(永山瑛太)と結婚して5年。波風立てず、平和で穏やかな暮らし……と言いたいところだが、この2年セックスレス。さらっとしれっと行為を避けられ続けてきた。実は、陽一は「妻だけED」、要するに性欲はあるが妻とだけできない状態。しかも、衝動的に喫茶店のアルバイト・三島結衣花(さとうほなみ)に手を出してしまう蛮行もやらかしている。お互いを大切に思ってはいるものの、セックスレスを機に、考え方や価値観のズレが露呈し、心が徐々に離れていく。

そして、もう1組。みちの会社の上司・新名誠(岩田剛典)は社内でも人望が厚く、女性社員からは秋波を送られるほどのモテ男。妻はファッション誌の副編集長である楓(田中みな実)。誰もがうらやむ美男美女のパワーカップルだが、こっちも実はセックスレス。多忙な楓は仕事(昇進)最優先、常にテンパっている。家事は夫任せで、夫婦の時間を作る余裕もない。献身的な夫を蔑ろにした結果、夫婦の間には大きな溝ができていた。

みちと新名は、セックスレスの悩みを打ち明けたことで距離が縮まる。好意を抱き合うが、慎重な2人は一線を越えてはいない。そこはさておき、2組の夫婦のそれぞれの視点と心情を丁寧に描くところに、焦点を絞ろう。

ぽっつーん…家庭内で味わう孤独

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まずは吉野夫婦。みちと陽一は同じベッドに寝ているが、性的な接触は一切なし。背を向けられる孤独たるや。一生懸命作ったオムライス、失敗作は自分に、うまくいったほうを陽一に出すみち。ところが陽一は感謝するでもなく、秒速でかっこみ、とっとと風呂へ。取り残されて「ぽっつーん」と呟くみち。褒めてほしいわけでも感謝されたいわけでもなく、一緒に食事と対話をしたかっただけなのに。ふたりなのに孤独。

そして新名夫婦。料理上手で器用な誠は多忙な楓のために、毎日食事を作っていた。超豪華な料理を並べていても、仕事しか頭にない楓は一緒に食べようともしない。誠が話をしようにも、編集部からの電話やリモート会議に邪魔をされ、夫婦の会話は1日たった3分。それ以外は電子伝言板に用件のみを書いて伝える関係。瀟洒(しょうしゃ)でゴージャスなタワマンに住んでいても、空虚な孤独を噛みしめる誠。

この孤独と寂しさ、小さな絶望の積み重ねは、着実に夫婦の関係を冷えさせる。「え、こんなことで?」と思った人は注意したほうがいい。自覚がないだけで、伴侶の心は確実に離れつつある……。

吉野夫婦も新名夫婦も、セックスレスの前にそもそも会話レス・コミュニケーションレスであり、「怠慢と傲慢」でもある。「言葉にするのも面倒臭い、波風たてずに自分が我慢すればいい」という怠慢と、「言わなくてもわかってよ」という傲慢。思い上がりが、心の距離を作ってしまう。その過程をまざまざと見せられると、「みちと誠が仲良くなっても致し方なし」とか思っちゃうわけよ。ただし、言葉と思いやりの足りない伴侶を一方的に悪者にして、イケイケどんどんで不倫へと走らせる展開ではない。

傲慢は「自信のなさ」の象徴

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陽一がバイトの結衣花に手を出したのは、唾棄(だき)すべき身勝手さだ。自分の親や姉との付き合いを妻に投げるところも気になる。面倒なことから逃げる癖があって、登場人物の中で最も弱くて脆い人間だ。浮気したことも言わんでええのに、自分からゲロっちゃうあたり、自分勝手で幼稚だなと思う。でも、一概にクズと呼べないのは、みちへの愛情が深いことがわかるから。みちのために、同じようなキーケースを探し回る優しさもある(ま、男のサプライズプレゼントは大概が自己満足で的外れなのだが)。なぜもっと言葉を尽くさないのか。みちに愛を伝えないのか。陽一の不器用さには、歯がゆさを覚える(この役、永山瑛太の本領発揮、と思っている)。

そして最もツッコミどころが多いのは楓だろう。あまりにも余裕のない副編集長っぷりと、二枚目で心優しい夫への塩対応に、「いや、ありえないから!」との声も。でもね、30代でキャリア構築に必死な女性の焦燥感はわからないでもない。今、妊娠したら積み上げてきたものがなくなり、人生の方向性が180度変わる恐怖。そして、完璧な夫が優しければ優しいほど、自分の足りなさを責められている気になる楓。常に自分の顔色をうかがう夫に、苛立ちすら覚える器の小ささ。伴侶に対する傲慢は、裏返せば「自信のなさ」なんだよなぁ。

人生における優先順位が明らかに異なる2組の夫婦は、今後どうなるのか。物語もいよいよ佳境、「孤独の解消・傲慢の改善」というすれ違いから、「不倫がもたらす罪悪感と処罰感情」へと展開していく模様。ともあれ、夫婦の対話がなくなっていく過程が実にリアルで、「夫婦一緒に視聴できない問題作」とも言われている。4人の人物の誰に自己投影するかで、自分の問題点が浮き彫りになるからだろう。

『あなたがしてくれなくても』というタイトルの続きの文言を入れるとしたら……ちょっと考えてみた。「私は一緒にいるよ」、「他に私を欲してくれる人がいるからね」、「他でちゃちゃっとすませるから気にしないで」、「大好きだったよ、さようなら」。固唾をのんで見守っている人に、アンケートをとってみたいところだ。

『あなたがしてくれなくても』
フジテレビ毎週木曜夜22時00分~
脚本:市川貴幸、おかざきさとこ、黒田狭 プロデュース:三竿玲子 演出:西谷弘、髙野舞、三橋利行(FILM) 音楽:菅野祐悟
出演:奈緒、岩田剛典、田中みな実、さとうほなみ、武田玲奈、宇野祥平、MEGUMI、大塚寧々、永山瑛太ほか

吉田潮
吉田潮

イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。

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