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平野レミさんに聞く、食と家族【後編】「昔の日記を読み返すとね、和田さんのごはんのことばっかりなの」

「おいしい!」と笑顔になればすべてOK。アイディア料理の元祖・平野レミさんが発信する、“料理の決まりごとにこだわらない”ワイルドで簡単な料理は世代を超え大人気です。

“料理愛好家・平野レミ”として、家庭料理に驚きと新風を巻き起こし続けて40余年、今回は、2019年10月に逝去したグラフィックデザイナーでイラストレーターの夫・和田誠さんとの「ずっと夢を見ているようだった」47年におよぶ結婚生活について伺いました。和田さんが大好きだった「あさりと豚のパッと蒸し」「にんにくじょうゆで食べる絶品ステーキ」のレシピ付きです。

→前編『自分を、さておいちゃダメよ。“私”が食べたいものを作ればいいの』はこちらから。

『結婚行進曲』のレコードを聴きながら、レミさんが焼いたステーキとワインでふたりだけの結婚式

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「和田さんには感謝しかないです。よくぞ私を見つけてくれて、自分の世界をもつ大切さを教えてくれて、ずっと応援してくれて。今も毎朝、お茶で和田さんの写真に乾杯しながら“ありがとう!”って言ってます」

やわらかな光が差しこむ和田家の自宅リビング。いちばん日当たりがいい一角には、和田さんの写真とお花、詩人の谷川俊太郎さんが詠んだ直筆の詩などで彩られたテーブルがあります。

「和田さんに仏壇は似合わないから。お葬式もみんなでジーンズはいて見送ったのよ。涙と笑いに溢れたいい式だった」

レミさんが和田さんと出会ったのは1972年。当時、レミさんが久米宏さんと出演していたラジオ番組を聴いた和田さんが、レミさんを紹介してほしいと久米さんに頼んだのがきっかけでした。しかし、「あの人は絶対にやめたほうがいいです。人生を棒に振りますよ」と断られ、どうしても諦めきれなかった和田さんは、ラジオのディレクターに打診。こちらにも「紹介してもいいけど、責任は取りませんよ」と念を押されながら、ようやく初デートにこぎ着けたのだとか。

「場所は『ざくろTBS店』(東京・赤坂)。久米さんには“すぐに帰るんだよ”って念押しまでされて。先に店の前で待っていた和田さんは、たまたま通りかかった黒柳徹子さんに“あら、和田さん、ここで何やっていらっしゃるの?”と訊かれて、“これから嫁になる人が来るんだよ”って答えたって。まだ会ってもいないのに(笑い)

しかし、会うのは初めてでも、和田さんはその1年ほど前にテレビの生放送番組でレミさんを“発見”。どうやらすでに一目惚れしていたようです。

新婚旅行で九州を旅した際の貴重な1枚。交際期間わずか1週間とは思えないほのぼのとした空気感が印象的。

「(そのテレビの歌番組で)私は生放送で流行歌を歌わなきゃいけなかったんだけど、突然、声が出なくなっちゃって、バンドの人達に“待って、最初からやり直して!”と言ってたらしいの、本番なのに。それを見ていた和田さんは“おもしろい歌手がいるなあ”って思ったんですって。そんな私にどうしても会いたい……っていう和田さんも、かなり変わってると思うんだけど(笑い)、ある種の運命だったのかもね

和田さんのことを「地べたに足がべたっとついている気がして、安心できたの。いいなあと思った」というレミさん。しゃぶしゃぶデートから1週間後、まだ手もつないですらいない3回目のデートで「結婚しようか」「はい、しましょう!」。

レミさんは“パンツ3枚だけ持って”和田家にお嫁入り。挙式はせず『結婚行進曲』のレコードが流れる中、ふたりだけの門出をレミさんが焼いたステーキとワインで祝ったのでした。

長男・唱さん(写真左)と次男・率さん(写真右)が小さかったころのスナップ写真。レミさんが手にしているのは、レミさんが作り和田さんが絵付けを担当した共作の器。

「家族はひとつの単位だから、誰が何をやろうと“ありがとう”なんて言うことないよ」

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和田さんはほぼ毎朝、出がけに朝食の内容やその日の予定、連絡事項などを記したイラストメモを玄関に残して行ったそう。朝寝坊をした日には「よく寝ていたので起こさずに行きます」などのやさしいメッセージも。

「私は日記をつけていたんだけど(※結局3日で終わったそうです……)、書いている内容は和田さんのこと。”和田さんが死んじゃったらどうしよう”って心配してたから、体にいいものとか食べさせたい料理とかを書いていました」

雑誌『週刊文春』の表紙イラストをはじめ、仕事でつねに多忙を極めていた和田さんですが、自宅にいるときは庭の掃き掃除や洗いもの、ゴミ捨てなども当然のようにやっていたといいます。

「あるとき、私がどうしても間に合わなくて、子ども達の幼稚園への送り迎えを和田さんに頼んだことがあったのよ。“ありがとう”って言ったら、“ありがとうなんて言うことないよ。家族はひとつの単位なんだから”と、さらりと返ってきたのよ。なんか私、すごい人と結婚しちゃった……と感動した」

食事は愛のキャッチボール。「夫たちよ、妻の料理を黙って食うな!」

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和田さんはね、47年間一度も私の料理に文句つけたことがないんです。“ごはん、まだ?”って催促されたこともない。夫婦ふたりになってからは、夕食はだいたい夜の7時ごろから。とはいえ、私が撮影の片付けとか翌日の準備とかでバタバタしちゃうこともあって、そんなときでも和田さんは、食卓について、料理がテーブルに並ぶのをじっーと待ってる。そして“おいしい、おいしい”って完食。絶対に残さなかった。

和田さんはお肉、とくにステーキが大好物で、油ギトギト・ベタベタ料理も大好き。だから野菜とかミネラルとか、とにかく不足しがちな栄養をおいしくたくさん摂れるよう気をつけていました」

また、和田さんは、レミさんの“実験料理”の味見担当でもありました。

「撮影用の新規メニューは、撮影前に必ず作ってみて、食材のバランスや調味料を塩梅するんですけど、和田さんが味見奉行。そのときもストレートにダメ出しするんじゃなくて、“もうちょっと、コクがあったほうがいいかもね”とか、やんわりと指摘するのね。だからこっちも“そうだね”って素直に聞ける。

このキャッチボールにはね、食べて欲しい人への“愛”と、作ってくれた人への感謝とリスペクトが込められているの。だから夫は、妻が作ってくれた料理を黙々と食べちゃダメなの。“おいしいね”のひと言で、妻は頑張れちゃうんだからさ。そして妻も、夫がお行儀よくダメ出ししてきたらきちんと聞いてあげること。縁あって夫婦になったんだもの、お互いがお互いにとっての最強の味方でなくちゃ、ね

「子どもや孫はかけがえのない存在だし、お嫁ちゃんたちもかわいい。でも、私は和田さんがいちばん大事なの」というレミさん。

ふと、「一生の伴侶」という言葉が浮かびました。辞書にはこうあります。<伴侶:一緒に連れ立って行く者。つれ。なかま>(デジタル大辞泉/小学館)。

一生、一緒に連れだって歩んでいく愛しき人——。運命の出会いは本当にあるのだと、胸の奥がツンとしました。

【和田さんのお気に入り】その1:「あさりと豚のパッと蒸し」

和田家の定番メニューで、和田さんが大好きだった一皿。焼きそばを混ぜてアレンジしてもおいしい。しゃぶしゃぶ用肉だから火の通りが早く、フライパンに入れたらあっという間に完成!

(材料)2人分

◎あさり(砂抜きしてあるもの) 400g◎豚バラ肉しゃぶしゃぶ用 200g◎酒 大さじ3◎香菜 適量

(作り方)

(1)フライパンにあさりを敷き、その上に豚バラ肉のパックをひっくり返して肉をかぶせる。(2)酒をふりかけて蓋をし、中火にかけてあさりが開くまで蒸し焼きにする。(3)全体に火が通ったら器に盛って香菜をちらし、ポン酢で食べる。

【和田さんのお気に入り】その2:「にんにくじょうゆで食べる絶品ステーキ」

レミさんの母直伝のシンプルなガーリックステーキ。和田さんはステーキが大好物で、ステーキやラムチョップなどもよく食卓にのぼりました。

(材料)4人分

◎牛ステーキ肉(常温に戻す) 4枚◎にんにく(薄切り) 2〜3片◎サラダ油 大さじ1◎塩・こしょう 各適量◎

<にんにくじょうゆ>にんにく4〜5片(50g)・昆布(6cm角)1枚・しょうゆ1/2カップ・みりん大さじ1・酒大さじ1・砂糖小さじ1/2・だしパック1袋

(作り方)

(1)小鍋に<にんにくじょうゆ>の材料を入れて中火にかけ、沸騰したら火を止めてそのまま冷やす。(2)フライパンでサラダ油を中火で熱してにんにくを炒め、カリッと色づいたらキッチンペーパーに取り出す。(3)牛肉の片面に塩こしょうする。【2】のフライパンを強めの中火で熱し、牛肉を塩こしょうしていない側から焼く。焼き目がついたら裏返し、キッチンペーパーで余分な油を吸いながら反対側も焼く。(4)牛肉を皿にのせて【2】のにんにくを散らし、<にんにくじょうゆ>をかけて食べる。

ひらのれみ◎料理愛好家・シャンソン歌手。

1972年にイラストレーターの和田誠さんと結婚後、主婦として家庭料理を作り続けた経験を生かし、「料理愛好家」として活躍。数々のアイディア料理を発信中。また、「レミパン」やエプロン、調味料などの開発も手がける。https://remy.jp/

夫婦共作のレシピ本復刊!新版『平野レミの 作って幸せ・食べて幸せ』(主婦の友社)

1999年刊行の夫婦共作のレシピ本が『新版 平野レミの作って幸せ・食べて幸せ』として復刊。和田家の幸せな食卓が目に浮かぶようなエッセイと料理レシピが満載。

『新版 平野レミの作って幸せ・食べて幸せ』
平野レミ 料理
和田誠 絵とデザイン
本体価格1,480円
主婦の友社
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