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発達障害支援で最も大切なのは自尊感情を育てること

神奈川大学公開講座「発達障害児の知覚認知発達不全の理解」は、神奈川大学名誉教授で医学博士の和氣洋美先生が長年研究してきた発達障害の早期発見支援のついての数々の知見を解説する講座だ。発達障害とは何か。またその早期支援とはどういうことなのか。神奈川大学人間科学部2年の佐藤優衣記者がレポートする。

何に困っているのか、をスタートに把握して対処法を探す

和氣先生は、発達障害について一番大切なのは、本人がどんな場面や行動で不自由を感じているのか、その子のどのような言動が問題なのか、といったようなことをまず把握して、それにあった対処法を探すことだと語る。

その対処は早い方がよいという。というのは、生活の中で感じる不自由はさまざまな問題が生じさせるからだ。

とくに衝撃を受けたのは、「自己肯定感(自尊感情)が失われていく」ということだった。自己肯定感(自尊感情)とは、自分には価値があり、他人から尊敬される人間であると感じることだ。これがないとちょっとしたことで不安になったり絶望感を抱きやすい。なぜそうなるのだろうか。

今回受講した講座で多くの時間が割かれた注意欠陥多動性障害(AD/HD)を例に見ていこう。

親は、自分のしつけのせいかと思い悩むことも

注意欠陥多動性障害(AD/HD)は、落ち着いていられなかったり(多動性)、ちょっとしたことで乱暴にふるまったり(衝動性)、忘れ物が多く片付けが苦手だったり(不注意)といった症状が、年齢や発達に不釣り合いなほど強いという特徴がある。

乳期(0~1才)には次のような症状があらわれることがある。

・寝つきが悪い
・寝返りが多く落ち着きがない
・視線が合わない
・抱っこされるのを嫌がる

また、幼児期(1才~就学)には次のような症状があらわれることがある。

・他の子を叩いたり乱暴をしたりする
・落ち着きがなくじっとしていることができない
・我慢ができないので癇癪を起すことが多い
・物を壊すなど乱暴・破壊的な遊びを好む
・保育教育場面でトラブルを起こしがち
・しつけの問題と誤解されることがある

これらは乳期、幼児期の子どもならよくありがちな行動だ。そのため親は分のしつけのせいかと思い悩むこともあるという。しかし、AD/HD(注意欠陥多動性障害)と診断されてから振り返ると、赤ちゃんの時こうだった……と後から気づくことが多いという。あまり寝つけない子だった、視線が合わなかった、抱っこをよく嫌がった、などだ。

子ども本人もやりたくてやっているのではない

思春期に入ると、こうした特徴的な症状が治まる代わりに、合併症状が目立ってくると言う。具体的には、親や講師に反抗したり、友達とうまく付き合えずトラブルになったり、ルールにしたがえないなど、社会とうまく折り合えなくなってくることがある。

大人になっても、計画を立てたり順序立てた作業が苦手だったり、約束や時間を忘れたり、ケアレスミスが多かったりと、仕事に影響を及ぼすようなことが出てくることが多いという。

こうした失敗を繰り返すなかで、自己肯定感(自尊感情)が徐々に失われていくのだという。

和氣先生は、「まず発達障害を理解することです。障害は親の育て方のせいではなく、脳の発達不全によるものだということ。また、障害を持つ子どもたちは、多動性、衝動性、不注意などの行動をやりたくてやっているわけではなく、コントロールがきかないのでそのような行動をとってしまうのだということ。そうしたことを正しく理解すれば、その後の支援がしやすくなります」と言う。

次に大事なのが、家庭と学校や関係機関が連携をとりあって、障害への理解を深めること。同じ育児の悩みをもつ親どうしが交流をもつことも助けになる。

そして、実際の場面でとても大切なのが、障害による失敗経験をできるだけさせないことだという。

失敗経験をできるだけなくして、自尊感情を育てよう

忘れ物が続いたり、感情をコントロールできなかったりと、失敗が続いて何度も注意を受けると、子供たちは自信を失ってゆく。すると「自分はだめだ」と思いこみ、自尊感情が薄れていってしまうのだという。

これを防ぐために基本としたいのが、失敗経験が起こり得る場面を極力作らないということだ。そのためには、出来るだけ課題を易しいものに設定し、いくつもの細かいステップを用意する。これを「スモール・ステップ」という。

こうしたスモール・ステップを繰り返すことで、子どもが失敗する場面を減らすことが出来る。また、ひとつずつの細かいステップをクリアするごとに褒めてあげると、自尊感情も育ちやすくなる。

視覚認知発達診断が発達障害の早期発見に結びつくことも

発達障害かな?と思ったときはどうすればよいのだろう。

和氣先生は、まず身近なところ(保育園や幼稚園、小児科医など)へ相談するとよいという。適切な相談機関につないでくれることが期待できる。そこで納得のゆくアドバイスが得られない場合でも、諦めて一人で悩むことなく、納得ゆくまで個人や相談機関などで相談にのってもらおう。

「発達障害」という診断をつけてもらうことが大事なのではない。「発達障害」という診断がつくつかないにかかわらず、子どものつまづきを改善できるようなトレーニングができる機関に相談に行くこともよいという。あるいは、トレーニングの方法を相談機関から教わり、家族で行うというのも現実的である。発達障害であってもなくても、療育を受けることで、子どもの発達は良い方向へ働くのだという。

これこそ冒頭で和氣先生が語った、「発達障害について一番大切なのは、本人がどんな場面や行動で不自由を感じているのか……といったようなことをまず把握して、それにあった対処法を探すこと」に通じる。

なお、講座の最後には、和氣先生が長年研究している、発達障害と視覚認知不良の関係性についても触れられた。

学校を含む日常生活場面での問題行動が、視覚認知がうまくできないことによることもある。眼科の検診で、視力や視野の問題が発見されたり、眼球運動などの視機能に問題があることが指摘される場合もある。

視覚認知の発達が不全なために集中力を保つことができなかったり、文字の読み書きが苦手だったりすることがあるという。子どものつまづきが気になる場合は、まず視覚認知に不都合なことがないか、視覚認知発達検査を受けることも役にたつと和氣先生は強調された。

漠然としか知らなかった発達障害。それが自尊感情にまで影響するものだとは思い及ばなかった、そうしたことまで考えて早期から対処していくことが重要なのだと気づかされた。

取材・文/佐藤優衣(神奈川大学人間科学部3年)

和氣洋美(わけ・ひろみ)
神奈川大学名誉教授、NPO法人すくすくラボWINNS-生涯発達支援代表理事
千葉大学文理学部心理学専攻卒業、医学博士(名古屋大学)。専門分野は知覚認知心理学、発達障害児の知覚認知発達支援、高齢者のQOL と環境整備、触覚による視覚代行。主要著書に『触覚の錯視』(錯視の科学ハンドブック、岩波書店)、『視覚の世界・触覚の世界』(脳から心へ、岩波書店)、『感覚遮断』(人間の許容限界ハンドブック、朝倉書店)、Rotating goblet and talking profiles. Perception 、『トイレと心理学』( トイレ学大事典、柏書房)。

◆取材講座:「発達障害児の知覚認知発達不全の理解─発達障害児の早期発達支援のために」(神奈川大学みなとみらいエクステンションセンター/KUポートスクエア)

(初出 まななび  

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