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ママはそういうところが、トンチンカンなんだよ…【ママはキミと一緒にオトナになる#35】

コラムニスト・ライターとして活躍する佐藤友美(さとゆみ)さんが、10歳の息子との会話を通して見えてきた新しい景色、新たな気づきなどを伝えてくれる連載エッセイの第35回。

「絶対に言ってほしくない」言葉

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ある女子大のメディア論の講座で、話をさせてもらう機会があった。いろんな質問を受けたのだけれど、この「ママはキミと一緒にオトナになる」のエッセイを読んでくれた学生さんから、「言葉を扱う仕事をしているさとゆみさんが、息子さんに絶対言わないと決めている言葉はありますか?」と聞かれた。

絶対に言わない言葉かあ……。

しばし悩んだ末、ごめんなさい、もう少し時間くださいと言って、その場では保留にさせてもらった。今も考えているけれど、「絶対に言わない」と決めている言葉は、やはりないかもしれない。

そのかわり、じゃないけれど、「絶対に言ってほしくない」言葉は、ある。
「死にたい」という言葉だ。これを言われると、立ち直れないくらい傷つくから、冗談でも言わないでと、伝えたことはある。息子だけではなく、家族全員に言っている気がする。

ただ、最近は考え方が少し変わってきた。
「死にたい」という言葉を禁止にすることで、もっと重要な局面をとりこぼしてしまうかもしれない。むしろそれを言えることが、最後の救いになる時もある。そう考えるようになったからだ。

絶対に言わない言葉の反対で、よく言う言葉はある。彼が生まれたときからの習慣だけれど、寝顔を見ながら「大好きだよ」と言うのです。

この習慣は、ある尊敬する美容師さんに「どうすれば、こんなにカッコよくて優しい息子さんが育つんですか?」と聞いたのがきっかけで始めた。その美容師さんは、「毎晩子どもが寝てから、自分はキミを愛していると潜在意識に語りかけてきたんだ」とおっしゃっていた。寝ている間に言うのがポイントなんだとか。

私は子育て本のようなものをひとつも読まなかったけれど、この美容師さんの話は素敵だと思ったので、毎日実行している。

大好きだよ。
大事だよ。
キミはパパとママの宝物だよ。

「ママはどうしたいの?」

子どもが話す言葉に、ときどき自分の影響を感じることもある。
私の口ぐせがうつっているなと思うのだ。

最近気づいたのだけれど、息子はよく「ママはどうしたいの?」と聞く。

「お夕飯、どこか食べに行こうか。何が食べたい?」
「ママは何が食べたいの?」

「ねえ、このお洋服どう思う?」
「いいと思うけれど、ママは自分でどう思うの?」

そんな感じ。

そういえば、私は本当によく、「キミはどう思う?」「キミはどうしたいと思っているの?」と聞いてきた。子どものころ、親に自分の意見を聞いてもらえるのがすごく嬉しかった。その記憶があるから、無意識に私も彼に意見を聞くのだと思う。

私の口ぐせが彼にうつっていることに気づいたとき、ちょっとほっこりした気持ちになった。
子どもだからまだその裁量権は少ないけれど、自分で選び決めていくことがどんどん増えることを、あなたも楽しんでくれたらいいな。
そんなふうに思ったからだ。

まさか、彼が、私の口ぐせについて悩んでいたとは思いもせず。

「好きなようにしなさい」

師走は私も予定が立て込んでいて、なかなか息子とゆっくり話をする時間がなかった。なので、その日、私は彼を食事に誘って、最近の学校の様子などを聞いていた。

レストランでは終始楽しくおしゃべりをしていたのだけれど、帰り道、ふとした拍子に彼が、「なんで僕は頭が悪いんだろう」と、独り言のように言った。
こんなふうに言うのは初めてではない。そのたびに、「いや、ママはキミが、頭が悪いって思ったことは一度もないけどな」と答えてきた。これは本心で、本当に面白い視点を持った子だなといつも思っている。

いつもはそれで終わる会話だけれど、この日、彼は会話を先に進めてきた。

「いや、それはママが家族だからだよ。ママとパパとばあば以外は、みんな僕のことはバカだと思ってる」
「うーん。まあ、学校の成績はそんなによくないかもしれないけれど、頭が悪いとは思わないけれどなあ」
私がそう答えると、彼はちらりと私の顔を見て、ため息をついた。
「まあ、いいや。この話をすると、ママもばあばもいつもとんちんかんなんだもん」
私はびっくりして、聞いた。
「え? そうなの? どんなところがとんちんかんなの?」

息子は話すかどうか少し迷ったようだけれど、小さな声で
「たとえば、塾とか」
と話し始めた。
「うん。塾?」
「僕、塾、辞めたじゃない」
「うん、そうだね。また行きたい気持ちになった?」
「いや、全然ならないんだけど」
「うん。まあ、いいと思うよ。今は、キミがやりたいことをすればいいんじゃないかな」
「やりたいことも、特にないんだよね」
「うん。いいんじゃない? そんなに早く決めなくても」

そう私が答えたら、隣に並んで歩いていたはずの息子の足が少し遅くなった。
ん? と思って振り返ったら、驚いたことに彼は目のふちにうっすら涙を浮かべていた。

「え? どうした?」
そう聞くと
「だから、ママはそういうところが、とんちんかんなんだよ」
と、言う。

そこから彼は一気にまくしたてた。

僕は、勉強は好きじゃない。得意でもない。だけど、みんなは嫌だ嫌だって言いながら、一生懸命勉強をしているし、このまま僕だけゲームばかりの毎日を送っていいのかどうか、正直不安になる日もある。嫌でも勉強したほうがいいのか、それとも好きなことだけしていいのか、わからない。
ママに聞いても、好きなようにしなよって言うだけで、本当にズレてる。好きなことだけしていたら、将来困るのかどうかも、僕にはわからない。判断材料がないのに、「好きなようにしなさい」って言われると、悲しい気持ちになる。ちゃんと相談にのってほしい。

だいたいこんな内容だった。
私の「好きにしていいよ」が、こんなふうに負担になっていたのか。
なんとなく、私に性格が似ているから勝手にわかったつもりでいたけれど、そうだよ。私たちは別々の人間だった。

「そっか、ごめん。ママに相談にのってほしかったんだね。それに気づかず、申し訳なかった」
と、伝えると、
「うん。でも、今夜はもういいや。眠い。今日は、寝る」
と彼は言う。そして、家につくなりすぐにベッドで眠ってしまった。少し興奮して話していたから、疲れたのかもしれない。

寝顔を見ながら、まだ、10歳の子どもだもんな。自分で判断していいよと言われても、そんなのわからないよなあ、などと考える。

「大好きだよ」と、寝顔に向かっていつもの言葉を伝えながら、彼が起きているときにもちゃんと話をしなくてはいけない、と思ったのでした。

2021年師走。
年末総決算感ある夜。

 

画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉

◼︎連載・第36回1月9日(日)に公開予定です


佐藤友美(さとゆみ)

ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学4年生の息子と暮らすシングルマザー。

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