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「しまった。そういうことを言いたかったんじゃない…」【ママはキミと一緒にオトナになる#31】

コラムニスト・ライターとして活躍する佐藤友美(さとゆみ)さんが、10歳の息子との会話を通して見えてきた新しい景色、新たな気づきなどを伝えてくれる連載エッセイの第31回。今回は息子が「6度目の」家出をしたエピソードから。

「先に食べてればいいじゃん」

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息子氏(10歳)が家出をした。半年ぶり6度目の家出です。

きっかけは、お夕飯の席にいつまでもつかないことに、私がキレたことだった。
「いま、ゲームしてるから、ちょっと待って」
と言ったまま、しばらく部屋から出てこない息子に
「ご飯を食べる時間は、他のことより優先させて」
と言ったら、
「なんで? 先に食べてればいいじゃん」
と反論されたので、カチンときた。

つい、
「誰のおかげでご飯が食えてると思ってんだよ!」
と、モラハラ夫(失礼。夫とは限りませんね)のような発言をしてしまった。「しまった。そういうことを言いたかったんじゃない」と思ったときには、もう遅い。

息子はかっと目を見開き、
「それなら、子どもは、大人になってお金稼ぐまでずっと意見を言えないってこと? おかしいじゃん!」
と、言う。そして
「じゃあいいよ。ぼく、おこづかいでコンビニでご飯買うから。ママ、勝手に食べなよ」 と続ける。

引っ込みがつかなくなった私は
「いや、そのおこづかいも、誰が渡していると思ってんのよ」
と、なる。
もう、完全に私のほうが論理破綻している。論理破綻しているのだけれど、もう、振り上げた拳が下がらない。

というか、そもそもなのだけれど、普段、好きな時間に好きなようにご飯を食べている(食べさせている)私が、この日に限ってなぜ「一緒に食べる」ことにこだわったかというと、さかのぼること3時間前の取材で「食育の大切さ」を嫌というほど聞いたからだ。

「少年院の子どもたちに、食卓の絵を描かせると、ほとんどが一人で食事をする『孤食』の絵を描くんです」と著者さんに言われて、ドキってなった。
これからはなるべく一緒にご飯を食べて、なるべく団欒なるものをしようと心に誓って帰ってきたのである。

でもまあ、そんなことは、息子側にとっては知ったこっちゃない。突然「食事は、親の都合に合わせて、一緒に食べるもんでしょ!」と言われた彼は、きょとんであるし、突然怒り出した母親を見て、完全に理不尽ボンバーをくらってる。

「今回僕に、悪いところはない」

すったもんだ15分くらい罵り合ったあと、「こんな家、出て行ってやる!」と言って、彼が玄関から出て行ったのは夜の19時過ぎ。
そろそろ夏も終わろうとしている時期。外はまあまあ冷えている。彼は、短パンに裸足のまま飛び出していった。え? 裸足? と思ったけれど、声をかける前に、出ていってしまった。

彼が6歳で真夏に初家出したとき、探している私のほうが熱中症になったという痛い経験があったので、喧嘩がヒートアップして家を出ていきそうになったときは、とっさに靴&パスモを隠すという習慣がついていた(私のほうに)。
靴がなければ、せいぜい玄関の前か、マンションの階段でしばらく過ごしたら帰ってくるからだ。
今回は、靴を隠す暇はなかったのだけれど、「家出=裸足」という思考回路がインプットされていたのだろうか。自主的に裸足のまま出ていったのを見て、「パブロフの犬か」と、ちょっと笑ってしまう。いや、笑っている場合じゃないのだけど。

まあ裸足だし無銭だし夜だし、そんなに遠くにはいかないだろうと高をくくって、お茶をすすっていたら、ピンポンとインターホンが鳴った。画面を見ると、ヤマト運輸のお兄さんに捕獲された息子がそっぽを向いている。
「お母さんと喧嘩しちゃったというんですが、もうだいぶ寒くなってきたし、裸足だったので心配で……」と、お兄さんは部屋まで息子を連れてきてくれた。

「ご迷惑をおかけしてすみません」
と謝ったら、
「ほら、ちゃんとお母さんに謝りなよ」 と、お兄さんが言う。息子は、目を伏せたまま、家に入ってくる。足の裏が真っ黒だ。

お兄さんがエレベーターで降りていく音が聞こえたあと、よせばいいのに私が
「ちゃんと謝ったらって、お兄さんに言われたでしょ」
と言ったら、彼はまた、キッと私をにらむ。
「謝ることはない。今回、僕に悪いところはない。お兄さんに、裸足でいるのは危ないからって言われたから帰ってきただけだ。長袖に着替えて靴を履いてもう一回出ていく」
と言う。僕はもう、施設に行って暮らすんだ。ママとはもう会わない。保護してもらう。泣き叫びながら、リュックに物をつめている息子氏。まずはswitchを。そしてiPadを持っていこうとする。

「いや、だからswitch、ママが買ってあげたものだよね。iPadはママのだよね。この家を出ていくっていうなら、全部置いていけ」みたいな話に逆戻りになる。もう、ヤダ。こういうことを言いたいんじゃない。私、落ち着け。

「今回は、ママが悪かった、ほとんど」

5回大きく深呼吸する。
「ごめん」
と言うと、彼は一瞬、私を見るけれど、またリュックに物をつめる。
「ごめん。今回は、ママが悪かった、ほとんど」
もう少し大きな声で言うと、やっと手をとめる。
「ちょっと話を聞いてくれるかな」

そこで私は、今日、食育の大切さについて聞いたこと。だから、もっとキミと一緒にご飯をゆっくり食べようと思ったこと。そうやって意気込んで帰ってきたのに、「先に食べてれば」と言われて腹が立ったこと。それはキミには関係ないことで、ママの問題であったこと。「誰が食わせてやってるのか?」と言ったのは、完全にママがダメだったと思う。お金を稼いでいるほうが偉いわけじゃない。これに関しては、大きくお詫びしたい。
で、今回の件は95%くらいママが悪かったけど、キミも大きな声で怒鳴ったのはよくない。怒鳴り合って話し合いにならない感じはしんどいから、キミもそれはやめてほしい。私も、気をつける。こうやって落ち着いて話をしたい。そしてそういうわけで、できればこれから、なるべく一緒にご飯食べたいと思う。

そんな話をした。

「もうさ、パパもいないし、2人暮らしなんだから、仲良くやろうよ。一緒に暮らすのも、きっとあと少しだし」
と、言うと、彼も大きく深呼吸をして
「うん、わかった」
と、うなずいた。
「ご飯、食べよう」
と言うと、
「うん、お腹すいたね」
と言う。

お腹がいっぱいになると、心も落ち着いてくる。
「でも、きっとこうやって話したことを忘れて、また喧嘩しちゃうんだと思う」 と、息子が言う。
「そのたびに、なるべく小さい声で、話し合おう」
と、私が言う。

長い長い夜でした。

 

 

画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉

◼︎連載・第32回は11月14日(日)に公開予定です


佐藤友美(さとゆみ)

ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学4年生の息子と暮らすシングルマザー。

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