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受け入れられているという、安心感【ママはキミと一緒にオトナになる vol.29】

コラムニスト・ライターとして活躍する佐藤友美(さとゆみ)さんが、10歳の息子との会話を通して見えてきた新しい景色、新たな気づきなどを伝えてくれる連載エッセイの第29回。今回は、息子との沖縄旅で感じたことから。

息子との旅

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少し前のことだけれど、息子氏(10歳)と沖縄に行ってきた。

フリーランスの気安さもあって、スケジュールがあいたら私はよく、彼と出かける。出張先に前泊したり後泊したりして、仕事の前後に彼と足を延ばすことも多い。

旅の間は子どもが少し幼くなるのが好きだ。慣れない土地の空気に、ちょっぴり心細くなるのだろうか、普段は繋がない手を、時々差し出してくる。それが可愛いのもあって、彼と出かけるのは楽しい。

ただ、沖縄に向かうこの日、朝から私たちは険悪だった。
イヤフォンを持った? と私が聞いたことがきっかけだったと思う。いらないというから、「フライト長いんだよ、スイッチやったり映画見たりしないの?」というと、「いいよ、使わないから」と答える。
「前みたいに、ママの貸してとか言わないでね」と言ったら、「しつこいなあ、これまでにそんなこと言ったことないでしょ」と怒ったので、私もカチンときた。(これまでに10回くらいあるだろ)と思ってイラっとする。まあ、だいたいこんなくだらない内容でケンカになるのだ。

空港では、彼が荷物を持ってくれたCAさんや、ファストフードの店員さんにお礼を言わなかったので、「ちゃんとご挨拶して」と注意もした。
CAさんに目も合わさず「ぁ、ありがとぅございます」と聞こえるか聞こえないかの声で言ったので、私はまたイラっとした。

「みんな、優しいねぇ」

沖縄はよく渋滞になる。
空港からホテルまでの道も、案の定、渋滞につかまった。ホテルの近くに行きたかったお店があり、14時までのランチに滑り込めるかどうかといったところ。最寄りのバス停を降りたところで、すでに時計は14時を指していたけれど、私はスーツケースを転がしながら、彼に走るように伝えた。
「少しくらいなら遅れても入れてくれるかもしれないから」と言う私に、相変わらずふてくされている彼は、「もう無理だよ。コンビニでいいよ」と言う。

くそぅ、めんどくさいやつだなあと思いながら、私は目的地に向かう。50メートルくらい後をついてくる彼を気にしながら急いで暖簾をくぐった。店の中にはまだ何組か食事中のグループがいた。

「子どもと二人なのですが、まだ、入れますか?」
と尋ねると、お手伝いらしきおばちゃんは、厨房に聞きに行ってくれたようだ。いいですよと言われたので、店の前でヤンキー座りしていた息子を手招きする。
おばちゃんが、大きな笑顔で、いらっしゃいませと迎えてくれる。

おにいちゃん、どこから来たの?
ママと旅行、いいねえ。
あ、おすすめは、これだよ。
アイスクリームもついているからね。

おばちゃんは、いろいろ話しかけてくれる。
広いお店で、入れ替わり立ち替わり違うおばちゃんが接客してくれるのだけれど、そのつど息子にひと言かけてくれる。最初は強張っていた彼の顔もどんどんゆるんできて、「みんな、優しいねえ」と言う。「そうだね。沖縄の人たちは子どもに優しい気がするよ」と、私も答えた。私もすっかり肩の力が抜けている。
帰りぎわ、彼は「遅い時間にありがとうございました。美味しかったです」と、自分から声をかけていた。

「ゆっくり楽しんでねー」と、おばちゃんは言う。店にはもう私たちしかいなくて、店の奥でまかないを食べていたほかのおばちゃんたちも、手をふってくれた。

沖縄では、一事が万事、こんな感じだった。

家に忘れた水中メガネを売っている店を聞いたら、「うちにはないけれど、ここにならあるかも」と店員さんが地図を出して、道順を説明してくれる。「ほかのお店のことなのに、すごく優しいんだねえ」と感動していた。やはり大きな声で「ありがとうございます」と、お礼を言っている。

ホテルに出張にきていた染物のイベントにも参加したいという。会場をのぞいていたら、優しく話しかけてくれたお兄さんがよかったらしい。「おお、ここをその色で塗るのか! それは斬新だね!」とお兄さんがリアクションをしている。彼も、「うん、もっとはっきり色を出したいんだけれど、やり方を教えてください」と、礼儀正しく、でもリラックスした口調で尋ねている。

ホテルのプールでは、私が少しの間部屋に戻っている間に、すっかり仲良しの友達ができたようだ。普段、「知らない人と話すのは苦手」という彼には珍しい。夜、もう一度、大浴場で合流しようぜと、時間を相談していた。

次の日は、やはりプールで出会った就学前の男の子の手をひいて遊んであげていた。その子のパパと一緒に水中メガネの使い方を教えてあげ、水中ジャンケンをし、彼らが部屋に戻るというまで、ずっと遊んでいた。

まるで人が違ったみたいに、明るい。ずっと笑っている。可愛いなー。この子、こんな無邪気な顔するんだなーと、私も発見をしたような気持ちになる。取り巻く空気のせいだろうか。自分が受け入れられているという安心感だろうか。

そして、あれ、なんだっけ。こういう経験、昔もしたような気がすると思い出した。
そうだ、あれは、スリランカに行ったときのことだった。

子どもに優しい社会

彼が4歳のとき、仕事に休暇をくっつけてスリランカ旅行をした。

その時に驚いたのは、スリランカの人たちが、一様に子どもに優しいということ。優しいというよりは、子どもにとても興味を持ち、庇護しつつも独立した存在として扱ってくれるような感じだった。

スリランカ航空のCAさんたちはみな、名前を教えて、と息子氏をファーストネームで呼んでくれる。
通りすがりに子どもの頭をポンポンとタッチしていくのは日常茶飯事。あごをコチョコチョというバージョンもある。
ホテルの人はことあるごとに子どもと手をつないでくれるし、抱っこしてくれる。レストランの人はベビーチェアを持って来てくれるのはもちろん、そこに子どもをのせてくれ、何が飲みたい? と聞いてくれる。

夫婦でスパを受けた時は、私が子どもをみていてあげるよと、フリーでシッティングをしてくれた。レストランで彼が寝落ちしてしまうと、椅子をくっつけて簡易ベッドを作ってくれた。

ホテルですれ違う人はみな、子どもにHello! How are you? と声をかけていく。
最初はびくびくしていた息子も、そのうち、人とすれ違うたび全員にHello!と言うようになったし、ホテルに着いたらすぐにベルボーイさんの手を握るようになった。

この時、子どもなりに、自分が全面的に受け入れられていることがわかるんだと感じた。

東京にいて、東京が子どもに冷たいとか、感じたことないし、言うほど子育てに大変さを感じたことはなかった。でも、子どもに優しい社会というのはこういうことを言うのか、と思ったし、地域で子どもを見守っていくというのは、こういう状況をさすのかとも思った。

この話には、後日談がある。

楽しいスリランカを満喫したあと、帰国した私たち家族。
すっかりスリランカモードになっていた息子氏は、成田の入管の人に「Hello!」と声をかけて無視されたあとは、あっさり普段の日本モードに戻りました。

そういえば、子どもは大人の鏡だな、この時思ったのだった。

大人が楽しそうならば子どもも楽しい気持ちになるし、大人に余裕がなければ子どもも距離をとる。

そんなことを、沖縄で思い出していた。
東京に戻ってからも、できるだけ寛容な気持ちでいたい。自分の子どもだけじゃなくて、いろんな子どもに対してご機嫌な大人でいたいものだと、すっかり日焼けした私は那覇空港で思ったのだ。

 

画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉

◼︎連載・第30回は10月17日(日)に公開予定です


佐藤友美(さとゆみ)

ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学4年生の息子と暮らすシングルマザー。

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