なるべく奥さんと会話をしてね
「彼女が仕事したいなら、僕はすぐに保育園に預けて働いてもらってもいいと思っているんです」
にこにこと笑いながらそう話す友人には、もうすぐ待望の赤ちゃんが生まれる。
「男の子みたいです」
と言うので、
「男の子、たまらん可愛いよ〜」 と伝える。
彼とは仕事を通じて知り合ったが、もう10年近く家族ぐるみの付き合いだ。息子氏(10歳)も、小さい頃から彼にはずいぶん遊んでもらった。
根っからの子ども好きで、撮影現場に子どもがたくさんくるときも、心から楽しそうに相手をしてくれる人だった。
コロナの影響で、現在立ち合い出産ができる病院は限られているらしい。
彼らは、少しでも立ち合いできる可能性がある病院を選んだそうだ。生まれたら里帰りする彼女の実家に通い詰めて、僕も一緒に子育てをしたいんですと話してくれた。
「はじめての子育てなので、ゆみさんにいろいろアドバイスしてもらいたいと思って」
と言われたが、10年もたつと私の記憶もあやしい。時代も変わっているだろう。
最近出産した友人たちのコメントなどを交えながら、子育てに重宝したものなどを伝えると、彼はひとつひとつ、真剣に聞いてはケータイで検索したりメモをしたりしている。
きっといいパパになるだろうなと、私のほうも赤ちゃんが生まれてくるのが待ち遠しくなる。
「とにかく、産後はしんどいから。なにがしんどいって、言葉の通じない赤ん坊と24時間過ごすのがしんどいから。
一緒にお世話をするのはもちろんだけど、なるべく奥さんと会話をしてあげてね。それと、外出できるようになったら、1時間でも2時間でもいいから、奥さんを一人で外出させてあげてね。美容院でもカフェでも、赤ちゃんから離れて過ごせる時間をときどき作れたら、嬉しいと思う」
と伝えると、彼は
「必ずそうします」 と言った。
そして冒頭のように、彼女が働きたいなら、早めに保育園に入れてもいいと思っているんですと言ったのだ。
それで、突然、思い出したことがあった。
息子氏が保育園に入ったときのことだ。
「ゆみさんが、もっと働きたいなら…」
私は、育児においてあまり辛かった経験がない。
切迫早産で入院しなくてはいけなかった出産に比べると、育児のほうは、さほどストレスを感じることはなかった。
お腹の中にいるときは「私にしかできないこと(たとえば1日でも長くお腹の中に入れておくこととか、階段に気をつけることや、太りすぎないこと……など)」ばかりでプレッシャーだったけれど、いったんリリースしてしまえば赤ちゃんのお世話は、人の手を借りることができる。これは大きな違いだった。
私は産後2カ月ほどで仕事に復帰したが、「私ではなくてもできること」は、シッターさんや両親などの助けを借りた。
もちろん、夫も忙しいなりに積極的に育児に参加してくれたと思う。家にいる時間は短かったけれど、彼にできることはお願いしなくてもやってくれていた。家事はほとんどやらない人だったので、正直期待していなかったぶん、嬉しい誤算でとてもありがたく感じた。
というわけで、育児が辛かったという記憶はほとんどない。
唯一大変だったことは、3時間おきの授乳。辛いというより、ただひたすら眠かった。けれどもこれも、ときどき入る出張の移動中や宿泊先で爆睡して帳尻を合わせていた。
子育てがしんどいなと思う前に仕事でリフレッシュし、仕事がしんどいなと思う前に赤ちゃんの顔を見て癒される。そんなサイクルが、私には合っていたのだと思う。
なので産後、夫と揉めたりイラッとしたことはほぼなかったのだが、一度だけ、「こればかりは、言っておかねばならぬ」と思って、夫にきっぱり物申したことがある。
0歳児から保育園に入れるかどうかを相談していたときのことだ。
夫が
「ゆみさんが今よりもっと働きたいなら、息子氏を保育園に入れて働いてもいいよ」
と言ったのである。
これに、私は、カチンときた。
“パパもママも”働きたい。
なぜ、パパが働くことが前提になっていて、
「ママも働きたい場合は、保育園に預けてもいいよ」
と、いう論理になるのか。
そのとき私は、夫に言った。
「いやいや、ちょっと待って。
“私が”働きたいから保育園に預けるわけではないと思う。
“私もあなたも”働きたいから保育園に預けるのだよね。
もし、息子氏の面倒をあなたが見てくれるなら、保育園に預ける必要ないし、私が働いてあなたが家で主夫をやってくれてもいいんだよ」
夫が優しさから言ってくれたことはわかる。でも、これだけは伝えておかねばと思ったのだ。
私はふだん感情的になるタイプではないので、突然スイッチが入った私に夫はびっくりしたみたいだった。
でも、私が言わんとしたことは、わかってくれたように思う。
そのあと
「ごめん、僕の言い方が悪かった。僕も働き続けたいし、ゆみさんも働きたいなら働いてもらいたいと思う。だから、保育園に預けよう」
と、言い直してくれた。
たった数分の意見交換だったけれど、この共通認識は、私たち夫婦にとって、とても大事な共通認識になったと思う。
その後も、息子氏を人に預けたり、息子氏に我慢をしてもらうシーンが多々あった。 そういうときにも、「“パパもママも”働きたいから」が根底にあったので、お互いスムーズに気持ちよく助け合えたと思っている。
友人の話を聞いていたときに、こんなことを思い出した。
もう完全に蛇足だよなあと思いながら、私は、私たち夫婦のエピソードを彼に伝えた。
彼は、そんな私の言葉も、うなずきながら真剣に聞いてくれた。
「出生時育児休業」の導入を盛り込んだ改正育児・介護休業法が、衆院本会議で可決、成立した。
たくさんの夫婦が、かけがえの乳児期の育児を、分かち合えますようにと祈っている。
この法案が、女性だけではなく、男性の人生の充実にも大きく寄与すると、私は思っている。
画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉
◼︎連載・第22回は6月27日(日)に公開予定です
佐藤友美(さとゆみ)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学3年生の息子と暮らすシングルマザー。