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「お金なんて、なくなればいいのに」とキミは言う【ママはキミと一緒にオトナになる vol.4】

コラムニスト・ライターとして活躍する佐藤友美(さとゆみ)さんが、9歳の息子との会話を通して見えてきた新しい景色、新たな気づきなどを伝えてくれる連載エッセイの第4回。今回は、本の読み聞かせをしていて生まれた、お金にまつわるエピソードから。

「授業より本のほうが面白い」

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息子氏(9歳)は、本が好きだ。

昨年、小学校の担任の先生に呼び出され「授業中もずっと本を読んでいて困ります」と言われた。そのぶん、授業の理解がいまいちで、みんなが本を読むはずの図書の時間に、掛け算の補習を受けているらしい。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
と先生にお詫びし、息子氏にその日の面談について伝えた。

「うん、でも、授業より本のほうが面白い」
と、彼は言う。
「あー、ママ、その気持ち、めっちゃわかる!!!!」
という言葉が喉元まで出かかったけれど、それをぐっと飲み込んだ私はえらかった。

「うん、でも、息子氏が本を読んでいると、他の授業を受けたい子たちの気が散るかもしれないよね。読むならバレないように読みなさい。ママはキミが自分の好きなことをしてもいいと思っているけれど、人の邪魔をしない配慮は必要だと思う」
と、伝える。

彼は、しばらく考えていたようだけれど
「うん。たしかにそうだね。先生も一生懸命頑張って授業しているわけだし、聞いてあげないとかわいそうだよね」
と、答えた。
子どもは大人が思っているよりも、ずっと慈悲の心に満ち溢れている。

「原稿とか書いてあげればいいんじゃないの?」

そう。
息子氏は、なぜか本が好きだ。

その話になるといろんな人から「やっぱりお母さんがそういう仕事をしていると、お子さんも本好きになるんでしょうかね」と、言われる。

どうだろう。
たしかに私自身は、母が毎晩のように読み聞かせをしてくれて、本好きになった。私はライターをしているし、3歳年下の弟もやはり文章に関わる仕事についた。
だから私も、読み聞かせだけは自分でやろうと決めていた。

ただ、それは子どもを本好きにしたいからじゃなくて、いつか私の仕事を(おもに校閲の仕事を)手伝ってもらえたら、楽しいだろうなあと思っていたからだ。

でも、アレです。
読み聞かせは、10回くらいでギブアップした。
音読って本当に大変だ。信じられないくらい体力がいる。あと、彼に本を読んであげてる場合じゃないくらい、自分が読まなきゃいけない本と、読みたい本がいっぱいあった。

息子氏に
「ねえ、ママ、この本読んで〜」
と言われるたびに
「え、ヤダ。ママもいま、読みたい本、読んでる。はやく漢字覚えなよ」
と、答えてきた。

という事情で、私が彼に読み聞かせしたのは、ドリトル先生シリーズ第1巻の『ドリトル先生アフリカゆき』(の途中まで)だけなのだけれど。

ある日、その本をきっかけに彼は、
「世の中から、お金なんてなくなればいいのにね!」
と、言ってきた。

ドリトル先生の本には、もともと人間の医者だったドリトル先生が、次々と動物を受け入れてしまうために(中には獰猛な動物もいたから)、患者さんが寄り付かなくなり、次第に貧乏になって本人も動物たちも食べるものに困るようになるシーンが出てくる。

その時ドリトル先生は、特にその問題に向き合うでもなく、「お金なんてものがあるからいけないんだ」「お金がなければみんな幸せなのに」と言い捨てる。

動物たちのために貧しくなっていくドリトル先生にいたく同情した息子氏は、該当の部分の読み聞かせをした次の日の朝、起きてくるなり突然「お金なんてなくなっちゃえばいいのに!」と言ったのだった。

「お金なんか、なくなっちゃえばいいのに! そうすれば、みんな幸せになれるのに!」
「え、でも、お金がなくなったら、ママはどうやってパンや牛乳を買えばいいかなあ」
「それは、パンや牛乳をつくっている人に、ママも何かあげてお礼すればいいんだよ」
「でも、ママ、畑も作ってないし、動物も飼ってないから、あげられるもの、ないよ」
「じゃあ、ママがその人のおてつだいとかしてあげればいいんじゃない?」
「お手伝い?」
「うん、原稿とか書いてあげればいいんじゃないの?」
「原稿?」
「うん、ママ、とくいでしょ! それで、かわりに、パンや牛乳をもらえばいいんだよ!」

世紀の大発見をした彼は、興奮ぎみにそう言った。
そんな彼を見て、私もまた大発見をした気持ちだった。

なにかを自分で見つけることって、なんて素敵なことなんだろう、という発見だ。

例えば、貨幣が生まれた理由とか、資本主義の原理とか。
たとえそれが、すでに世界の常識になっていたとしても、それを“自分で”発見することって、どれだけ素敵なことだろう。

そういえば、先日、私は『嫌われる勇気』を読んで、
「うわっ! アドラーって、私にすっごい似てる!」
と興奮した。
そして、そう思った自分の図々しさに、笑ってしまった。
「いやいや違う。アドラーが、私に似てるんじゃないや。順番が逆」

私が44年間の人生でうっすら考えていたことを、100年前に証明しようとしていた人がいただけだ。
それでもやっぱり、自分が「この世界の成り立ち」について立てていた仮説を、かつてある心理学者が提唱していたという事実に対する興奮はおさまらなかった。

だから、思った。
彼がこの日感じたこの興奮を味わいたくて、私も毎日、いろんなことを考えているんだなあ、って。
というか、そのために生きてるようなもんだよね。

私が10回で飽きた読み聞かせをしてよかったと思った、唯一にして無二の体験でした。

彼が読書好きになった理由は、いまもわからない。

 

タイトル画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉

◼︎連載・第5回は11月8日(日)に公開予定です


佐藤友美(さとゆみ)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。

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